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 私は大学を卒業し、中堅企業に就職した。地道に働いて 三十歳となった。結婚したい彼女もできた。結婚する前に 一度でいいから母に会いたかったし、彼女にも会わせた かった。だが、会う手段がない。母の居場所もわからない。  母に会いたい思いが募る。何か方法はないかと知恵を 絞った。可能性は厳しいが小説を書こうと思った。母との 思い出や母への思いを私自身の実名で書けばもしかしたら 母が読んでくれるかもしれない、と考えた。母への手紙を 小説にするのだ。  そこで、出版社に連絡し相談をしてみた。とにかく原稿 を書いてくださいという。1年、2年と悩みながら書き続 けた。かなり出版社の方に修正してもらったが出版すること ができた。タイトルは「母への手紙」。母に対する私への 思いを自分の言葉でつづった。  すると、まさかのことが起きた。この「母への手紙」が 話題作となったのだ。思いのほかに人気が出たのだ。でき ることなら母に読んで欲しいと必死に祈った。  それから数か月が経過したある日、出版社あてに一通の 封書が届いた。内容は私あてのものだった。 私の母からの手紙だったのだ。 「あなたの名前と同じ作家の本があることに気がつきまし た。タイトルも 『母への手紙』。 あなたが私に書いてくれた本ではないかとすぐにピンとき ました。そして早速本を読みました。本当にごめんなさい。 つらく寂しい思いをさせてしまいました。 お父さんとあなたにはお詫びのしようがありません。 申し訳ありませんでした。 お母さんは今は一人で ひっそりと暮らしています。 もうあなたとは会うこともないと思います。 元気で幸せにくらしてください」 と綺麗な字で書かれていた。  できれば母と会いたかったが、母と連絡がとれただけでも 私の心の中でわだかまりがなくなっていた。 私は、小説を書いている間に彼女と結婚し息子も生れていた。 母からの手紙を妻も喜んでくれた。  それからしばらくして、私が会社から家に帰ると三歳になる 息子が一人で遊んでいた。 「あれ、ママは?」 「ちょっと、お買い物に行くからねって」  そのときから妻は、二度と家にもどることはなかった。                    おわり。       
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