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深い眠りから目を覚ますと、まとわりつくようなぬるい空気を肌に感じる。大きく伸びをして深呼吸をするだけで喉が渇く。私は暖房をつけたまま眠ってしまったことを察した。私はもう一度布団に潜り込み、二度三度寝がえりを打って枕もとにあるスマートフォンを開き、SNSを開いた。
「またね。」
の三文字のまま未読無視になっている画面が目に入ったので私は嫌な気分になる。
そんな気持ちを紛らわすために二度寝を試みた。しかしその試みは失敗に終わる。太陽が真南に位置するまで惰眠を貪った私の体はこれ以上の睡眠を受け付けなかった。眠りというのは現実から目を背けるのに一番の手段というのを私は知っていたから起きたくなかった。目を覚ましてそこに意識があるだけで現実と向き合わなきゃいけない。嫌になる。私は寝ぼけ眼のまま、ベッドに横たわりながら部屋を見渡す。すると机の上にぽつんと置かれている「それ」と目が合った。
山吹色のパッケージ。民族衣装を着たと思しき人物が堂々と煙をふかしているイラスト。そしてでかでかと
「望まない受動喫煙が生じないよう、屋外や家庭でも周囲の状況に配慮することが、健康増進法上義務付けられています。」
と書かれているテキスト。
「あと、少しだからやるよ。」
と言って彼が残していった置き土産だ。
鉛のように重たい体を持ち上げて私は「それ」を手に取った。そしてまじまじと「それ」を眺めてみる。箱からも匂うその独特な香りに顔をしかめた。彼はどうしてこんなものを吸っていたんだろうと考えてしまう。きっと彼にしかわからない世界があるんだろうな。なんて知ったような顔をしている自分に疲れる。どれだけ深く思っていても彼が私の前に現れてくれることはない。だけど「それ」を大切な形見のように見てしまう。目に入るだけで心臓をサボテンに押し付けられたような胸の痛みがするのにそれを手放せない。
そのときぴこんとスマホが鳴って私は瞬時に確認した。電流が走ったような驚きと期待はすぐに裏切られる事になる。メッセージの相手はなんてことのない公式アカウントからだった。スタンプ目当てに友達登録した公式アカウントからのメッセージに一喜一憂している自分が情けなく思った。そんな自分が嫌いで、認めたくなくてこうも惰眠を貪る生活を続けているんじゃないかって。こんなちっぽけな箱を眺めているからこんな気分になるんだと思うとなんだか怒りすら湧いてくる。
こんな辛気くさい形見も手放せないくらいならばと私は覚悟を決めた。
ライターなんてもっていなかったから、ガスコンロを使って火をつけた。前髪が少しちりちりになっても私は気にならなかった。煙が目に染みる。彼の匂いがそこにあって、それだけで泣きそうになる。少し吸うと血管が変に縮むような感覚が気持ち悪かった。それでも少しでも彼の匂いを吸い込んだ。そうして勢いのまま、タバコをむせるほど深く吸い込んだ。彼が吸っていた空気も全部このまま吸い尽くしてしまいたい。この煙を吸っている瞬間だけが彼を感じられる時間だからと深く深く吸い込んだ。げほげほとむせこみながらタバコは小さくなっていく。小さくなったタバコを無理やりシンクで消してゴミ箱に捨てた。
タバコは燃えても私の心の中のサボテンは燃える事はなかった。手に残る嫌な匂いと、ぐわんぐわんと脳が揺さぶられるような不快感だけが私の中に残る。気持ち悪い。気持ち悪いのだけれども。そのまま誰に聞かせるでもなくこうつぶやいた。
「……灰皿とライター買いに行かなきゃ」
眠るだけじゃ物足りない。私に現実を見せつけないで。手に残る嫌な匂いも気にしない。体を蝕む毒物だろうがいい。たとえそれが一時の気持ちを紛らわすだけのまやかしだったとしてもいい。もうなんでもいい。なんでもいいから私をもっと煙に巻かせてよ。
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