ねずみの血

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 前述した吉田光由が活躍した時代から百年余り後の江戸の世で、一人の盗賊が名を()せておりました。  その名も、(ねずみ)()(ぞう)()()(きち)──。  彼は幼少時に木具職人へ奉公に出され、その後は(とび)職となりました。しかし、素行が悪く、親から勘当されてしまいました。酒好きの女好きの博打好き。身を滅ぼす要素は多分にあり、ついには賭博の資金欲しさに盗みを始めました。  文政八年(一八二五年)、(かみ)()(しき)に忍び込んだところを捕縛されました。が、彼は江戸を追放されてもまた舞い戻り、盗みを働き続けました。その頃、江戸の町では、このような噂が流れておりました。 『鼠小僧が、貧しい人たちに、大名や悪徳商から盗んだ金を恵んでくれるらしいぞ』   実際、これは人々の希望が折り重なって生まれた作り話でありました。汚職や賄賂が盛んな時代でしたし、現在も続く日本人の金銭に対する清廉(せいれん)さが妄想となって(ひょう)(しゅつ)したのでありましょう。では、当の鼠小僧はと言えば、盗んだお金を酒と博打と女に注ぎ込み、お金を配るなんて発想はまるで持ち合わせていなかったとされております。妻や(めかけ)も数人いて、どうしようもない男だったようですね。  ただ、処刑される際に、連座で人を巻き込まなかったことや、大名屋敷を狙った反権力的行動が、後に壮大なドラマとなって広められました。『()(ぞく)』なんて呼び名も、こんなことがあったらいいなあ、という人々の希望が色をつけたものです。現実の鼠小僧は、寄る辺なき盗人に過ぎませんでした。  けれども、たとえば一つの動画を見たとき、良い評価が悪い評価の数万倍あった場合のように、みんなが良いと思ったら、あまり良くないと感じたものでも良く感じてしまうところが人間にはありますよね。まさに死に際の鼠小僧の魂も、そんな状態でありました。 「あ、おれって義賊なのかい。みんながそう言うならそうだろうよ。そうさ。人に金を恵んでやったことがあるような気がするぜ。つーかヨ、みんなに支持されてたんだ。おれは良い人間に(ちげ)えねえさ。そうさ。きっとそうだ。だから、おれ、みんなに金を配るよ」  ですが、魂となった鼠小僧では盗みに入ることができません。現代の大名を国会議員や知事、有名企業の社長と置き換えてみても、それらの邸宅に金銀財宝がたっぷりあるはずもなく、銀行、通帳、印鑑、キャッシュカード、身分証明証、暗証番号、生体認証、ワンタイムパスワード等々、お金を盗むことなんて容易にできる時代ではありません。
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