ねずみの血

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 はてさて困った。何やら難儀な時代となったものよ。なんと、この世から現金が無くなりつつあるではないか。盗みを働こうにも、道を行く人はろくな現金を持っておらぬ。ううむ、奇怪な世だ。何故に薄い板きれ一つで物が買えるのだ。おい、小判はどこへ消えた。  鼠小僧は、変わりゆく世の中を眺めながらも、時代についていけませんでした。とは申せ、現金がすべて世界から消えたわけではございません。昔と形の違う金銭は、少なからず誰もが持っておりますね。  人が財布を出したとき、そこに隙があれば、鼠小僧は幾許(いくばく)かのお金を盗みます。一円しか盗めない日も、一万円以上盗めた日もございます。生前からの彼のモットーは、お金持ちや悪い行いをしている人を狙うにあらず。以下の三点が、鼠小僧に狙われる人の特徴です。 一、警備が手薄な人。 二、仮に見つかっても逃亡しやすい人。 三、盗みが発覚しても公的機関に訴えない人。  いつしか鼠小僧は、存外清らかな魂になったせいでしょうか、単なるスリに変貌しておりました。そうして、ちまちまと人からお金を盗んでは、はてさてこれをどのように配ろうか、と悩む日々でありました。  ここで少しだけ、時間を巻き戻してみましょう。  鼠小僧は、天保三年(一八三二年)、旧暦の八月十九日に、『市中引き回しの上、獄門』という判決で死刑と(あい)なりました。市中引き回しとは、罪人を馬で行進させ、町民に死刑囚であることを公開する刑です。そして獄門とは、斬首刑の後に、首を三日間(さら)しものにする刑で、別名は(きょう)(しゅ)といいます。梟首は、基本的に遺体の埋葬や葬儀は許されません。
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