ねずみの血

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 さて、あえなく晒し首となった鼠小僧の首は、獄門台で風に打たれ、うとうとと眠っておりました。  そこに、名もなき一匹の猫がやってまいりました。猫は()(げん)そうに首を眺め、意識のうちに語りかけるような口調で問いかけました。 「よう、あんちゃん何したんでえ。そんな姿になっちまってヨ、どうせ悪いことしたんだろう」  鼠小僧の首は、声を聞き、むにゃむにゃと夢気分で答えました。 「いやあ、しくじちっまってなあ。盗みに入ったところを捕まっちまったんだ」  すると猫は、ひっひっひと笑い出しました。 「馬鹿な野郎だぜ。でもまあ元気そうじゃねえか。しかしその姿じゃ蕎麦も食えねえな」  鼠小僧も、ひっひっひと笑い出しました。 「へへっ、ちげえねえや。蕎麦なんか食っちまったら、そのまんま漏らしちまうぜ」  その返答に呵々(かか)と笑った猫は、ゆらゆら尻尾を振って、再度問いかけました。 「あんちゃんと出会ったのも何かの縁だ。おいらに手伝えることがあったら言いな。出来る範囲で協力してやるぜ。まあ、猫の領分を超えねえ範囲だがな」    途端、鼠小僧が、ぱちっと目を開けました。鼻をこすりたいけれど、手がありません。 「おう、ありがてえ申し出だ。いやな、おれは貧乏人に金を配ってみてえんだ。けぇど、埋められちまったらもう盗みにも入れねえ。あーん、いや、ちぃと違うな、盗むことはできるんだが、それをどうやって配ったらいいか分からねえんだ。おめえさん、そいつを手伝っちゃくれねえか。何の見返りもねえ話だ。嫌なら断ってくれていい。ただ、おめえら猫さんも寝てるばっかじゃ暇だろう。ちったぁ働いた方がいいんじゃねえのかい」  猫は、冷めた感じに受けて微笑みました。 「おいらたち猫に働けっつう人間はいねえよ。つーても、暇なモンは暇だなあ。ねずみを狩ったところで美味くもねえし、泥くせえだけだ。てやんでえ、バッキャロ、その仕事も面白そうじゃねえかヨ。まあ、気が向いたときに手伝うぐれえはしてやってもいいぜ。無論、退屈で退屈でどうしようもねえときだけだがな。やることがねえのも疲れるもんさ。やっぱ多少はやることねえと、身体が(なま)っちまうからよ」  鼠小僧と猫は、視線で頷き合い、そしてその後、鼠小僧が言いました。 「おめえさんは猫さんだからよ、おれというねずみを食ってくれ。なあに、本当に食うわけじゃねえさ。この首ンとこに溜まってる血を舐めてくれりゃあいい。さっきから(かゆ)くていけねえや。猫さんのざらついた舌で舐めてもらえりゃ、痒みも飛んで一石二鳥だ」
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