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これに猫は渋い顔をしました。
「おいおい、生きた血はまだ甘いが、死んだ血は美味くねえんだよ。西洋の吸血鬼だってヨ、死んだ血を飲むのはご法度と聞いてるぜえ」
鼠小僧が、けけけと笑います。
「何でえ、おめえさん、西洋に行ったことがあんのかい。おれも行ってみてえなあ。前に葡萄酒を飲んだことがあるんだが、ありゃやべえや。すげえ酔っちまった。あんな酒が毎日飲めりゃあヨ、毎日が極楽だよなあ」
猫はそろそろと獄門台に近づき、ひょいと四尺の高さの台に飛び乗って、涼しげに言いました。
「あんちゃんが思ってるより良いとこじゃねえやさ。江戸の町はきれいだ。つーても、おいらもよく知らねえんだがな。何世代か前のご先祖様が西洋の出身だっただけでヨ」
へえ、と鼠小僧は唸りました。
「おめえさん、だだっ広い海を渡ってきたんだなあ。すげえ猫さんだ。おれは尊敬しちまった。抱きしめてやりてえところだが、いかんせん手足がなくてな。がははっ」
それにフッと微笑んだ猫は、鼠小僧の首元に小さな鼻先をつけました。
「うへえ、くせえ血だぜえ。あんちゃん、ろくな生活してなかっただろ。我慢して舐めてやるけどヨ、首を転がしちまったら御免よ」
そして猫の舌が、鼠小僧の血をぺろっと舐めました。途端、猫はびっくり仰天して、素早く台を飛び降りました。
「かあ、くせえ血だなあ、おい、もう腐ってんぞ! うえ、気持ちわりいっ!」
その拍子に、首がぐるんと、明後日の方角を向きました。獄門台に載せられた首は、そのままそこに置かれるのではありません。五寸釘で打ちつけて固定してあるのです。鼠小僧は、背後に猫の唾吐く音を聞きながら言いました。
「悪かったなあ。けぇど、何だかスゥッとしたぜ。痒みも取れたし、成仏できらあ。そんで化けてまた盗むんだ。それを貧乏人に配る。だっておれ、みんなの人気者みてえだし」
猫は舌が気持ち悪いというように、ぺっぺと唾を吐きました。それでも、鼠小僧の血は確かに猫の体内に入っていきました。
「ああ、これ、ある種の呪いになるな。人間は知らず、呪いを受けるだろうさ──」
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