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「待ってくれ」
「貴方のそれは愛じゃない」
愛してると口にするくせに、判断を羽奏に委ねて逃げる口実を探しているような、煮え切らない和亮が憎らしい。
いよいよ立ちあがろうと荷物を手に取ると、和亮の力強い腕に抱きすくめられた。
「嫌だ。もう間違えたくない」
「それは後悔?」
「そうだよ。苦しいんだ……あの日からずっと」
「そう。私もよ」
「どうしたって過去を変えることは出来ない。羽奏を傷付けたあの日を消し去ることは出来ない」
「愛されただけで、傷付けられてなんかいないのに。馬鹿な人」
和亮の腕をなぞって肩を揺らす。
16年も経ったのに、和亮は何一つ変わってないと実感する。
「そんなはずないだろう?許されることじゃない。しかも俺は逃げ出した。まだ子供の君に謝るだけで理由すら打ち明けずに」
「私もう18だったのよ?貴方からしたら8つも年の離れた守るべき子供だったかも知れない。でも私は何も知らない小さな子供じゃなかった。だから貴方の苦悩を知って大人しく身を引いただけ」
「羽奏……」
「存在自体を否定されているようで悲しかったけど、どれだけ苦しいことでも、貴方を愛してるから受け入れた」
「だったら尚更、もう間違いたくない」
「あの時に離れたことが間違いだったと思ってくれるならそれで良いわ」
「羽奏、君って人は……本当に大人になったね」
和亮は羽奏を抱きしめながら、その首筋に顔を埋める。
「ねえ和亮さん。貴方が本当に望むなら、私はこの話を受けようと思ってる。そうじゃなきゃここに来てない。だから聞かせて。これは貴方が心から望むことだと思って良いの?」
和亮の髪を撫でると、顔を上げて情けない目をする和亮を見つめる。
「望んでなければ、いたずらに君の名前を出したりしない。それに今日だってここには来ない」
「卑怯な言い方をして私に選ばせないで。貴方はどうしたいか聞いてるの」
「もう羽奏と離れていたくない。それが俺の望みだよ。君に初めて会った時からずっと愛してる」
射抜くような真剣な眼差しに、羽奏の心は完全に溶かされてしまう。
やっぱりどうしたってこの男が愛おしい。
「本当に馬鹿。不器用な人。今頃になって素直に認めるのね」
「ああ、俺は大馬鹿だ」
「なら二度と間違わないで。一生愛したままでいて、アキ」
和亮はハッとして目を見開いてから、うっとりした表情で羽奏を見つめる。
「またそう呼んでもらえるとはね。羽奏……君は本当に可愛いね」
嘘のない表情と声に、あの日々が重なる。
「アキは可愛くないけどね」
「はは。確かにそうだ」
和亮はバツが悪そうに笑いながらも、羽奏の手を取ると、その左手の薬指に口付ける。
「可愛い羽奏、待たせてごめんね」
「本当よ。どれだけ待たせるの、バカ」
「こんな俺だけど結婚してくれるかな」
「もちろんよ。その言葉をずっと待ってたわ」
おわり
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