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藤咲羽奏は警察官である両親の娘として、それなりに順調な人生を歩んできた。
成績は上から数えた方が早かったし、運動だって中学、高校と陸上部に所属して、1500メートル走でインターハイに出場して全国3位の成績も残した。
見た目もそこまで悪くはない。
容姿に関して特徴を挙げるとすれば、20歳を過ぎて急激に成長した標準より豊満でボリュームのある胸。
胃下垂気味で太れない体質の細身の身体に対し、それが大きすぎて異様に目立つ。本人にとってはコンプレックスだ。
そんな羽奏にとって恋愛と云えば、学生時代に味わった大失恋のせいで、記憶の奥底に封印された、いわばパンドラの箱だ。
だから恋なんて地球の裏側のブラジルよりも縁遠いもので、お一人様を満喫する生活を10年以上も送り続けた結果、気が付けば34歳。
周りの友人や職場の同僚たちも、次々と結婚し始める年頃になって、職場ではお局様などと、冗談めかして揶揄われることすらある。
ところがだ。
「は、今なんて言った?」
久々に帰省した実家のリビングで、父の突然の言葉に耳を疑う。かじっていた煎餅の欠片をぽろりと落とすほどだ。
「だからお前に見合い話、縁談があるんだよ」
「……縁談」
「そうだ。相手は俺の部下だった左鏡なんだが、恋愛は二の次で仕事ばかりに没頭しててな。このままじゃ一生独身で過ごすんじゃないかと、上も気が気じゃないらしくてな」
「え……お相手って、左鏡さんなの?」
その名前にドキリとして胸の奥がざわつく。
「おう左鏡だ。覚えてるだろ。お前あいつが大好きだったもんな」
揶揄うように笑うと、あいつも昔はしょっちゅう家に来てたもんな、そう言って父は懐かしそうに昔話を口にする。
左鏡和亮。その人のことなら嫌でも覚えている。
「……でも、なんで私なの」
「なんでってお前、34になるのに、恋愛のれの字もないらしいじゃないか。そんなんじゃ心配なのはうちも同じだからに決まってるだろう」
父は呆れたように羽奏を見つめて34だぞ、34と繰り返す。
今時34歳で未婚など珍しくもないのに、父がこんな風に急き立てる理由にはなんとなく思い当たる。
それは兄と弟妹の存在だ。
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