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和亮
和亮は自分自身を追い込むように仕事に没頭すると、面白いほどあっという間に時間が過ぎた。
仕事を楽しいと思えるほどの余裕はなかったが、向き合ってみると、それほどの苦痛は感じない。
そんな様子に、両親や兄弟も今までの無関心が嘘のように、家族らしい言葉を掛けてきたり、細やかではあったが、愛情の片鱗を見せる時すらあった。
それが幼い頃から向けられていたら、違ったのだろうなと卑屈な自分が笑う。元来の性格が明るく好転した訳ではない。
嘘っぽい周りからの上辺の干渉に、和亮の孤独は肥大化していき、自らあの家から意図的に遠ざかったのに、どうしようもなく恋しくて、酷い渇望を抱く瞬間が多くあった。
たかが一ヶ月程度しか経っていないのに、そう思うと自分のあさましさが嫌になる。
けれどあのまま過ごしていたら、衝動的に羽奏を傷付けるのは明らかだった。
冷静になれと自分を戒めると、それに反発するように羽奏の可愛らしい笑顔が頭の中に浮かぶ。
逃げるように距離を置いて、遠ざけたのは自分なのに、羽奏のことが恋しくて堪らなくなる。
けれど顔を合わせれば、酷いことをしてしまいそうで、あの可愛らしい笑顔を守れる自信がなかった。
それでも孤独に蝕まれると、藤咲たちの愛情が恋しくて、身勝手に餓えた欲望を優先させてしまう。
久々の休みに、どこか浮き足立って藤咲の家を訪れると、具合いが悪い羽奏が一人きりで留守番していると知った。
ただの風邪だというが、明らかに体調が良くない様子の羽奏を見ていると心配になる。
意外と冷静に話が出来て、どこか慢心してしまったのだと思う。
これまでと変わらない、和亮に向けられる羽奏の純真な好意は心地好い。醜い爛れた想いを抱えた自分が許されたような勘違いすらしてしまいそうになり、庇護欲を刺激されて、必要以上に干渉してしまう。
だからだろうか。
幾重にも厳重に締めたはずの箍は、一つ、また一つと着実に外れていく。
気が付けば羽奏の手を握り、抑え難い衝動を愉しみながら、まるで悪魔が囁くように笑を湛えて羽奏の顔を覗き込む。
カズくんとか、かっちゃんとか、ありきたりな呼び名を想像していた。
可愛らしい幼い少女が、自分の意地悪な要求にどう応えるのか、愉しくて仕方なかった。
アキ。
虚を突かれた。
愛に似た酷い独占欲。誰かに呼ばれたことがあるのかと、不安そうに顔を覗き込む愛らしい表情に、ゾクゾクして体が震える。
この先誰にも呼ばせないでと、羞恥に頬を染めながら、和亮に対して独占欲をあらわにする羽奏は女の顔をしている。
羽奏にアキと呼ばれるだけで、何もかもが赦されたような気がしてしまった。
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