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*    模倣犯という茶々が入ったからなのかどうなのかは知らないが、ダンテ事件はパタリと鳴りを潜めた。第5の圏谷、憤怒者の地獄からいまだ真犯人は動きを見せない。それが意味することはFBIにとって最悪な展開だということはテレビ画面越しからでも理解できた。あれだけ証拠が無かったんだ。ポートマン捜査官が次の遺体が欲しいと言っていたがあの言葉に尽きる。この状況下で犯人の作品である遺体が出ないとなれば作者(犯人)に辿り着くことは困難だ。模倣犯が起こした憤怒者の遺体が、ダンテ事件のテンポを崩した。一定のリズムで行われていた創作が(あぶく)となって消えた。作者が飽きれば創作は中止だ。作者を追っていたファン(FBI)にとっては梯子を外された気分だろう。犯人より先へ先へ、チェックメイトをかけたいと足掻いていたが、作者が辞退してしまえば話はまた別だ。迷宮入り。  パンケーキを焼きながらテレビを見る私はそんな事を考えていた。あれだけ騒いでいたテレビは、興味を無くしたようにダンテ事件に当てる時間を短くしていた。犯罪なんて所詮流行り物だと痛感させられる。今まで犯人を追い詰めようと、文字通り命をかけて戦ってきたFBI捜査官が外から見るのではこんなちっぽけに見えるのだから不思議だ。……みんな元気だろうか。  私は煙草を咥えガスコンロに顔を近づける。パンケーキが甘い香りを漂わせながらフライパンの中で焼けていた。その下にある火、そこに煙草の先を晒し、煙草を吸い上げる。じ…と音を立てて煙草に火がついた。 「あっつ……」  髭が少しだけ焦げた気がして、ほおを触る。大丈夫そうだ。 「あのねェ、その癖やめな? 顔面火傷するよ?」 「ライターが見当たらなくて……。気をつけるよ」  私の恋人は私の悪癖に苦言するためにキッチンに訪れてきた。気をつけると言いながら私はまたこの行為を続ける気がする。こうして怒られることも好きだからだ。 「おはよう、よく寝られたかい? マーサ」 「ぐっすりだよ、意識飛ばしちゃったのかな? まぁ、身体が怠いのはあんたのせいってことだけどね。反省して。余裕のない男は嫌われるよ」 「すまなかった。君が可愛すぎて仕方がなかったんだ」  1回マーサの中に出した私はそれだけでは満足出来ず、彼が意識を飛ばすまで求めてしまった。月もマーサも呆れ返っていただろうが、私にとっては初めての本気のセックスだったんだ。それぐらいさせてくれたっていいだろう。そうさせたのはマーサなのだから。求めずにはいられなかったのだから。  マーサの手が私の腰をゆるりと掴み、後ろから抱き締められる。マーサの肌の匂いが鼻腔をくすぐる。 「この背中ヤバイね」 「肩と首に噛み痕もあるよ」  上半身裸の私の背中をさすり、ふふっと笑うマーサ。先程、ベッドから出た時に見えたマーサの身体は私のキスマークが四方八方に散らばっていた。それも無数に。マーサの身体も十分ヤバイ部類に入る。 「タクシー代渡して追い払う?」 「随分と失礼な奴だな。こうして朝飯作っているのにつれない」  マーサは私の言葉にふふっと楽しげに笑った。ただマーサの言葉は真意だった。初めてかってくらい久々に夜を共にした人に朝飯を作っている。そしてタクシー代を用意することは無かった。マーサの家だということは理由に入らない。自分の家だとしても紙幣は出さない。寧ろ、自分の家だとしたら帰らないでくれと引き留めているころだ。人は変わるらしい。 「今まで沢山の女を追い払うワイアットを見てきたからね。ちょっと意地悪してみたんだ」 「君は特別だよ」  私はマーサの手の甲を掴み、そこに優しくキスをする。ふふっと笑うマーサの笑い声がパンケーキをより甘くしていく。
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