深海

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*  第一発見者は第一に疑え。夫が死んだら妻を疑え。例外はあるが捜査の鉄則だ。  第一発見者である警察のアリバイが立証され、振り出しに戻った私たちFBI。メディアは連日こぞって私たちを無能扱いをする。私たちFBIも自らのことを無能だと思い始めていた。  マーサが私の手のひらに穴を開けてから5日が経った。傷を裂いて、私の手のひらを舌で愛撫する彼の姿を思い出しては腹の奥底が疼いた。唇を当てて、中を押し広げる。上目遣いで見られながらちろちろと舌を抜き差しされれば、マーサの言っていた言葉が理解出来た。これは確かにセックスだ。  手に傷を作って出勤すればザックにどうしたのかと尋ねられる。事実なんて話せるわけがない。包帯を巻いて隠した手のひらは、火傷したと誤魔化した。マーサは手のひらに穴を開けるという行為がどれだけのことか分かっていたのだろうか。こっちは商売道具だぞ。あぁ……あいつも商売道具か。商売道具を傷付けるだけ怒りを抱えていたということだろう。まだ痛みはあるが包帯を取れるだけになってきた。人間の治癒力ははかり知れない。 「お疲れ、ザック」 「……模倣犯です」  やるせない、といったような顔付きで解剖室に入ってきたアイザック。後ろから黒い死体袋が乗せられた担架が運び込まれる。   第5の圏谷、憤怒者の遺体が上がったかもしれない、という一報が入ったのは今から1時間前程だった。現場に行かない私は生放送されるテレビで詳細な情報を聞かされた。嫌になるね。 「模倣犯と言ってもその手口は雑なものでして、模倣犯と呼ぶには犯人に同情してしまうできです」 「ザック、犯人に同情なんてするな。絶対に」  死体袋を開けながらザックを叱り付ける。猟奇殺人を犯す人間に同情なんていっさいする必要がない。犯人の犯行を肯定するようなことはしてはいけないんだ。  アイザックはすみません、と小さく謝る。 「死因は後頭部からの射殺。射出口(しゃしゅつぐち)は無く弾がまだ体内にあると思われます。そして、背中には……」  そう呟きながらザックは遺体をうつ伏せにさせた。“この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ”の文字が背中にナイフで刻み込んだような切り口で描かれていた。今までの焼印とは全くもって違う子供がいたずら書きをしたような字に、内心でザックと同じく犯人に同情してしまいそうになる。 「しかも今回コンクリート類のものは無く、類似点はダンテのこの言葉だけです。コンクリートの話はメディアに洩れていないので、テレビを観た人間の仕業でしょう」 「……なぁ、ザック? この顔どこかで見たことがあるぞ?」  私は被害者の顔を覗き込むと頭の片隅にこの人物と同じ顔があることを思い出す。どこだ? 知っている人間だぞ。 「マフィアですよ。……どこのファミリーでしたっけ? 衰退しているから定かではないですけど、ここら一帯を仕切っているマフィアのひとりです。今、身元特定してます」  マフィア。その言葉を聞いてあいつの顔が思い浮かんだ。数日前、会食に着ていくと言って仕上がったダブルスーツを身につけやってきた、あいつ。あいつ(マーサ)。  後頭部に弾丸という事実が導き出すことは、身内の犯行ということ。背中を晒せる親しい関係、或いは顔見知り。嫌な予感がする。
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