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見て。どう? かっこ良くない?
いつもTシャツにジーンズの姿の君を見ているからジャケットに着られているって見えるよ
素直にかっこいい、ハンサムだって言えないかなぁ
はいはい、かっこいいかっこいい
「ザック、そこ慎重に」
「はい。先生」
生きていなくとも敬意を払いたい。亡くなった後まで痛い思いをさせるのは私の倫理観に反する。だから後頭部を開き、頭蓋骨を割りながら、アイザックにそう伝えた。後頭部から入り左眼球の裏で止まっていた弾を取り出す。私が弾を確認している間にアイザックは着々と頭蓋骨を綺麗に戻し、縫合していく。この弾は千もの情報を伝えてくれる大切な証拠品だ。先端がひしゃげたそれをザックに渡す。
「すぐビリーに」
「はい」
アイザックは忙しなく解剖室を出て行った。それを見送ると隠していた酒を取り出す。まだ死体を解剖しなければならないが、私のこの違和感を拭うためには酒が必要だった。胃が迫り上がるような圧迫感を持つ。
この数日間はとても寧日に過ごしていた。メディアはこぞって無能扱いをしたが、ダンテ事件の新たな遺体も上がらず私にとっては休日のような数日だった。私はプロファイラーではないし、捜査官でもない。だから死体が上がらない数日間、猟奇殺人犯のことを考えずに済んだ。考えなくていいなら私にとっては幸福なことだ。疲弊しなくていい。私にとって今回の事件はストレス以外のなにものでもなかった。
マーサの戦う姿を見て帰ってきたら、女を抱く。抱いて眠くなったらマーサと寝る。そんな日々だった。
「いいか?」
「……ナタリー」
解剖室に入ってきたのはナタリー・ミラー。私の手元にある酒を一目見て、眉間にシワを寄せた。だが、ここに来たのは叱りつけたいわけじゃないんだろう。
「模倣犯が出るなんてほんとFBIは無能だな」
「この件に関してはそうでもない。現場にあった防犯カメラで怪しい男を見つけた」
「これほど杜撰なら見つけ易いだろう」
「銃を発見した」
瞳の奥でダブルジャケットに着られた男を思い出す。長い髪の毛をゴムで括るとまた違った色香を放つ。私はマーサを調子に乗らせないためにいい加減にハンサムだと言ったが、高級スーツは彼に似合っていた。マフィアとの会食じゃなく、私と食事をしよう、そう言いそうになり慌てて飲み込んだのを思い出す。
「指紋は無かった。防犯カメラも画質が荒く判定には至らない。だが、銃を見つけたことで購入者に行き着いた。ビリーがおまえといたとこを見たと言っているんだ。──マーサ・レイニーという男は誰なんだ?」
マーサ・レイニー。あいつはレイニーというのか。ようやく彼のラストネームを知った。レイニー。美しいラストネームだ。彼によく似合う。
マーサといると飽きることがない。
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