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 煙草を咥えた。少しだけカサつく唇はマーサに不評だ。それでも頑なにリップクリームを塗らないのは私の変わらない性格なんだと思う。頑固な私にケタケタ笑うマーサの笑顔が好きだった。 「Hey! ここは禁煙だよ」  だろうな。と思いながらワンチャンいけるかと思いながら煙草を咥えていた。注意され、私は大人しく煙草をシガレットケースに仕舞う。  あっははっとあの時と変わらない大胆不敵な笑みを使うマーサ。貸金庫内に響き渡るその声に私は溜め息を吐いた。マーサは相変わらず変わらないし、私も私なりにマイペースに生きていた。変わらない日常。  私は貸金庫内に存在する大柄の男性に頭を下げる。顎に触れると最近伸ばし始めた髭に指先が絡まる。変わらないものもあれば変わるものもある。私は今まで会ってきた女性たちの助言を聞いて髭を伸ばし始めた。心機一転したかったからだ。マーサは楽しそうに私のほおを触る。なのに、街に出れば敵意を剥き出しにして周囲に威嚇するのだから可愛いらしい。私の恋人は相変わらず私に夢中になってくれている。嫉妬心でぐちゃぐちゃになっている姿を見るのは存分気分が良い。 「デートだって言うからなにかと思えば、貸金庫? やっぱりおまえモテないだろ」 「……貸金庫ってめっちゃくちゃディープなデートスポットだと思うけど? 貸金庫に入れるのは大抵隠したいものでしょ?」  ん。言われてみれば。  マーサは鍵を指で振り回しながらあるひとつの番号が書いてある金庫の場所に辿り着く。私はつまらなくて壁面いっぱいに番号が書かれ、鍵穴が存在するそこに身体を預けた。煙草を吸いたい。  かちゃん、鍵を回して金庫を開けた。その金庫は壁面から取り外せるものらしく、少し重そうな貸金庫を持ち、カーテンで仕切られた小部屋に移る。 「マーサ、そろそろここに来た理由を教えてくれないか?」 「俺、一応捕まったわけじゃん?」  マーサ・レイニーは狡賢かった。FBIに出頭した時に持っていたパーティードラッグは捕らわれないぎりぎりの量で要注意となり、ジェイコブに睨まれていた。違法ファイトクラブの件も私の証言だけで彼が実際にそこにいたかを示せるものは無く無罪放免。あの果物屋付近にある防犯カメラはすべて壊れているとマーサが言っていた。壊したのはマーサだろうか? 訊いてもはぐらかされた。唯一、マーサを捕らえたのは銃を貸したことによる幇助罪だった。あの後すぐにジェイコブが真犯人を捕まえたことにより重い罪にはならなかったが、服役したのは確かだ。  留置されている時は毎晩のようにファイトに明け暮れていたと自慢げに話していた。私は留置所で死ななくてほっとしている。 「これを使う時かな、って思って。俺、根付くの嫌いなんだ」  貸金庫には何冊かの種類違いのパスポートと札束が数十個。それに川端康成の本が入っていた。確かにディープなデートスポットだ。マーサの秘密が入っている。   「これはもう要らない」  マーサは川端康成の本を手に取り、近くにあるゴミ箱に捨てた。 「……元恋人のこと聞きたいって顔している。嫉妬でぐちゃぐちゃになっているあんた可愛いよ」
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