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 初めて足を踏み入れたマーサの家は私の部屋と変わらずこじんまりとした質素なものだった。だが、立地を考えると私の部屋より少しだけ値段が高い気がする。そんな下世話な考えをしなければ居ても立っても居られない。初めての夜だ。今まできちんと身体を重ねたことはない。今夜が初めてなんだ。  煙草は吸っていいと言われていたから私はお構いなくソファに座って煙草を燻らせていた。 「はぁー、スッキリした」  水分を含んで潤っている唇が私の目の前でぱくぱく開き、そんな言葉を落とした。私とマーサの身体からは同じボディソープの香りがする。毎日マーサが私の部屋に泊まるから、今更そんな事を気にする間柄でもない。が、マーサの部屋にあるボディソープの香りがする自身の肌にその次にある欲望を抑えられずにいた。私は煙草を咥えている場所をぐにゅり、噛む。下半身が疼く。 「奥もすっきりだよ」 「どーも、」  解剖医だ。あぁ、元解剖医だ。だから男性と男性がどうセックスするのかなんてのは調べなくても知っている。まさか自分がするとは思わなかったが。  マーサは時間がかかるから、と言って私を先にシャワー室に入れた。金が入っていると言っていたバスタブは空っぽになっていた。あぁ…燃やしたとか言っていたなぁ、と思考が飛ぶ。その次にはマーサの嘘かもしれないと考えが頭を掠める。どこかの銀行に巨万の富が眠っているのかもしれない。空になったバスタブに想いを馳せるのが楽しくて、ふっと笑ってしまっていた。 「いつも金が入ったバスタブでシャワーをしていたのか?」 「そ。あれに憧れたんだよね。ほら、金をアイロン掛けする映画、なんだっけ?」  少しだけ濡れたマーサの髪の毛に指を絡ませる。私の手にほおを寄せ、んー、なんだっけ? と考え込む彼。マイペースだ。猫のようなマーサに後頭部を撫でる手が止まらない。 「こっちは全然すっきりしない。忘れちゃった。でもすっげぇ憧れたんだよ。だからシャワーした時に少し濡れた紙幣があったら、嬉しくてアイロン掛けしていた」 「……その映画知らないから分からないけど、そうやって子供みたいな君は可愛らしいよ」  私は煙草を灰皿に潰した。そしてマーサにキスをする。応えてくれるようなキスがやってきて、マーサは私の膝に馬乗りになった。ソファに2人分の体重がかかり、ゆっくりと沈む。くちゅり、くちゃり、水音が激しくなって角度を変えた深いキスになっていく。マーサの舌と私の舌が絡み合う。マーサの口内を私の舌がバラバラと動き回る。 「あの黒いダブルスーツを脱がせられないのは心苦しい」  言葉を発すると私とマーサの間に唾液の糸がつぅ…と伸びた。てらてらとひかるそれは私の口元に落ちる。  用意するからシャワー浴びたい、という理由で黒のダブルジャケットを早々に脱いだマーサ。脱がせたかったと今心底思う。シャツにジーンズとラフな格好のマーサも好きだけど。 「他の男の為に買ったジャケットのなにが良いのか分からないね、俺は」 「……似合っている」 「でもあんたの為に買ったんじゃないわけよ。それでもいいの?」 「………よくないかな」  私の上にいるマーサはでしょ? と微笑む。 「今度、俺に似合うスーツ買って」
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