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「よぉ、おまえさんがここのオーナーだと聞いたぜ。よく出世したな」  聞いたことのある声がして振り返る。そこには摘発された違法ファイトクラブ、果物屋の店主であるあの黒人のオヤジがいた。マーサは世話になったから逃したと言っていたがここに来ていちゃ同じことだ。それが(さが)なのだろうが。見知った顔にふっと身体の緊張が解れる。無事に再会できて嬉しかった。 「ほら、やるよ」  投げ渡されたピンク色。このオヤジの店は年中何でも揃うらしい。それはそれで旬というものが感じられず、趣が無い気もするが、投げ渡された桃に何故だか安心感が生まれる。私は指に挟んでいた煙草を下に捨て、オヤジが持ってきたピンク色にがぶりと齧り付く。  投げ渡された時にジーンズと腰の間に入れている拳銃が微妙にズレた。私がこの違法ファイトクラブのオーナーになってからというもの拳銃は常に携帯している。FBIのあのクソほど鳴らない二つ折りケータイの代わりに手に入れた拳銃。今まで持てなかった拳銃。ファイトクラブの治安を守る為と口先では言いながら、マーサの身を守る目的もあった。  私はマーサの為に夜に沈んだ。夜に紛れるマーサのそばにいたくて、夜に侵食した。マーサの為に違法ファイトクラブを作り上げた。  ザックが言っていたのを思い出したんだ。愛は相手に幸せでいてもらいたいという気持ちだ、と。マーサが1番幸せを感じられる場所を私の手で提供したかった。私は今や違法ファイトクラブのオーナーであり、罪を犯す側になった。 「それにしても豚小屋をファイトの場所に選ぶなんて、おまえさんもやるねぇ」 「ここぐらいしか見つからなかったんだ」  新しいファイトクラブは血生臭い場所を選んでしまった。果物屋とは大違いだ。  FBIを解雇された私は屠畜場(とちくじょう)に就職した。自分の特性を活かせる場所は豚を捌くここにしかないと、なにかの肉片と向き合う仕事しか向いていないと、選んだ職種だ。屠畜場に就職して、慣れ始めたころにマーサが戦える場所を見つけた。昼間、生きた豚が集められ、ひしめき合っている広い空間がある。その広い空間に押し込められた一匹の豚を引き摺り出し、気絶させ、放血し、レールに吊す。一連の流れを淡々とこなしていて、この場所は使えるのではないかと思い浮かんだ。昼間は多数いる豚も夜には全て捌かれていて、その空間は空いている。夜は内臓が摘出された豚や、背割りされた肉片が冷蔵庫に入れられているだけだ。生きた豚がいた場所は柵が設置されていてファイトもしやすい。  マーサが釈放される前から着々と準備を整え、彼が戦える場所を確保した。私なりの愛情表現だ。エゴイズムであろうと、これが私なりのたっぷりの愛情だ。  マーサはそれに応えてくれた。嬉しそうに微笑んでファイトクラブを悠々自適に使っている。そして彼は、嘘が好き根付くのが嫌と言っていたのに、ここのファイトクラブでも本名のマーサを使っている。これほど嬉しいことはない。 「この荒くれ者たちを束ねるのは大変だ。心得を教えてくれよ」 「んなの、知ったこっちゃねぇよ! ただ俺がルールだという確固たる信念の元どっしりと構えてりゃぁ、そのうち舐めてくる奴も減ってくる。最初が肝心だ。躾けるような気持ちでいろ。調教師のようにな」  随分と野蛮な心得だ。それでもその言葉が何故だか私の背中を押す。私の先輩にあたるオヤジ。  豚の尿臭い柵の中で美しい銀髪を靡かせながら戦うマーサがいた。豚の体内から放血された血なのか、ここで戦う人間から発せられる血なのかは定かでは無いが、鼻腔をくすぐるスパイシーな血液の香り。  私はマーサと共に歩く決意をした。なにがあろうとも。それが罪であろうと。
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