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5話
翌週末、連休を利用して帰省することにした私は、新幹線に乗るために駅のホームにいた。隣にはもちろん……
「案外人が多いな。指定席を取っておいて正解だった」
「連休ですからね。帰省する人は多いと思います」
「新木も……あー、その……陽菜も、よく帰省していたのか?」
「そうですね。たまにですが帰省してました」
態々呼び直された名前は、誰が聞いても呼び慣れていない感じで、これから結婚しようとしているとはとても思えない。
結婚するのに、名前で呼び合わないのは不自然だ――そう言い出したのは課長……冬也さんの方なのに、名前を呼ぶ時は目が泳いでいてどこか挙動不審気味。私は私で会社以外でも課長って呼んでしまってるから、おあいこではあるけど。
しばらくしてホームに入ってきた新幹線に乗って1時間。数か月ぶりに戻ってきた地元に、肩の力が少し抜ける。
「――ここです」
駅前からバスに揺られること15分。バスを降りてすぐに見慣れた家の外観が見えて、隣を見るとネクタイを締め直しながらどこか緊張した表情の冬也さんがいた。
この人でも緊張したりするんだな。仕事ではいつも表情を崩さないし、焦ったり緊張したりなんて無縁だと思ってた。
「ただいま」
「おかえりー」
チャイムを鳴らしてから玄関で声をかけると、のんびりしたお母さんの声が聞こえてリビングのドアが開いた。お母さんが玄関先に姿を見せると、課長がすぐに頭を下げる。まるで得意先を回っている時みたいで、部下としては見慣れた姿。でも今日は、間違いなくプライベートだ。
「初めまして。山上冬也と申します」
「陽菜の母です。狭い所ですけど、どうぞ上がってください」
「お邪魔します」
お母さんと3人でリビングへ入ると、お父さんが待ち構えるように椅子に座っていた。見慣れた光景なのに、隣にスーツ姿の上司兼夫となる人がいるからか、やっぱり違和感を感じてしまう。
「今日はお時間を頂いてすみません。山上冬也と申します」
「陽菜の父です」
「どうぞ、こっちへ座ってください」
お父さんの向かいの席に2人で座ると、自分の実家とは思えないぐらい居心地悪く感じる。この妙な雰囲気のせい?
飲み物を持って来てくれたお母さんがお父さんの隣の席に座ると、全員がしばらく無言になった。お母さん達もいつもと全然違うし、流石に私も緊張してくる。
「陽菜から話は聞いてます。妊娠しているとか」
「すみません。結婚前に妊娠を……」
「――めでたいじゃないか!」
「……え?」
あ。やっぱりいつものお父さんだ。
この空気に耐え切れなかったのか、真面目な雰囲気をぶち壊したお父さんの声。それに驚いている冬也さんの隣で、逆に私はホッとして息を吐いた。お母さんも、それを見ていつもみたいに笑っている。
「お互いにもういい大人同士。親がああだこうだ口を出すような年齢じゃないでしょう。我が家は、成人したら自己責任という方針でね。もちろん、妊娠したのに無責任な対応をされているのなら親として黙ってはいないが、そうでないのなら出来ちゃった結婚を責めるつもりは無い。むしろ、もう1人孫が増えるのが楽しみだ!」
口を開けて笑うお父さんを、冬也さんがポカンとした表情で見つめている。殴られる覚悟をしておくって言ってたもんね……拍子抜けしたって感じなんだろうな。やっぱり先に、こういう人だって言っておいてあげるべきだったかな。
「お姉ちゃんはつわりが酷かったけど、陽菜は大丈夫なの?」
「あ、うん。今の所大丈夫」
「大事な体なんだから、無理はしないこと。食事も気を付けるのよ」
「うん、分かってる」
私の両親への挨拶は冬也さんの予想を大きく裏切り、お父さんに一発殴られるなんてこともなく終始和やかな雰囲気だった。
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