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6話
翌日、冬也さんの運転する車で彼の実家へと向かいながら、私の頭の中はこの後の事でいっぱいになっていた。今度は自分が挨拶をする番だと思うと、昨日とは比べ物にならないぐらい緊張してくる。
「30分ぐらいかかるから、その間寝ていていいぞ。着いたら起こしてやる」
「ありがとうございます。でも、眠くないので……」
緊張の方が強くて眠れるわけがない。そう思っていたのに、心地いいポカポカ加減と妊娠からくる眠気とで、しばらくするとウトウトとしてきていた。
「ん……あれ……すみません、私寝てしまって……」
「別に構わない。それより、後少しで実家に着くがどうする? もう少しゆっくりしたいならこのまま車を走らせるが」
「大丈夫です。時間に遅れるわけにもいかないですし」
「仕事じゃないんだ。少し遅れるぐらい大丈夫だぞ」
「いえ、本当に大丈夫です」
「――そうか。分かった。じゃあ、そのまま向かう」
「はい」
ただでさえどんな反応をされるのか分からなくて緊張してるのに、時間に遅れるなんて精神的に悪すぎる。
本当に近くまで来ていたらしく、ものの数分で車が駐車場に止まった。
「――着いたぞ」
「え……?」
車を止めて1分も歩かない内に示されたのは、とあるアパート。それも、ボロボロとは言わないけど割と古めの外観。
冬也さんって、裕福なお家なんじゃ……?
「古いから驚いただろ。先に言っておくべきだったんだろうが……家は、母子家庭なんだ。子供の頃はこのアパートで2人暮らしだった。今は母親が1人で暮らしてる」
母子家庭……あ。だから、私が1人で育てるって言った時あんな事……
「――今日まで言わなかった事、怒ってるか?」
「いいえ、怒ってはいません。驚いてはいますけど……」
だって、噂で聞いていたのと全然違うんだもの。
「それならいいんだが……家は2階だ。階段気をつけろよ。俺が後ろにいるから、万が一足を踏み外しても支えてはやれるが」
先に上るように促されて、手すりを持ちながら一段ずつ上っていく。本当にピッタリ後ろに付いているけど、心配性なのかな。私が危なっかしくて信用がないだけかもしれないけど。
慎重に階段を上りきって一番端まで進むと、山上という表札が掛かった部屋があった。
「この部屋だ」
チャイムも押さずに躊躇なく鍵を開けて中に入るから、ちょっとビックリしてしまう。
「狭いから足元気を付けてくれ」
「あ、はい……お邪魔します……」
一言も声をかけてないけど、本当に中に入っちゃっていいんだろうか……
「あら、やっぱり。物音がしたと思ったら。帰ってきたのね」
「ああ。ただいま」
靴を脱いだところで、廊下の奥にあるドアが開いて中から1人の女性が出てきた。考えるまでもなく冬也さんのお母さんなんだろうけど、あんまり似てないな。
「あなたが冬也のお嫁さんになってくれる方?」
「あ、はい。初めまして。新木陽菜と申します。すみません、驚かせてしまって」
「いいのよ。いつもこんな感じだから。でも困ったわね。私まだ何も準備してないのよ。今から何かお茶菓子でも買いに行こうかと思ってたんだけど」
「あ、それなら……これ、お口に合うか分からないですが、どうぞ」
昨日地元で買っておいたお土産を渡すと、嬉しそうに受け取ってもらえてホッとした。
「ありがとう。美味しそうね。お持たせで悪いけど、お茶と一緒に準備してくるから、中に入って座っててちょうだい」
「退院したばかりなんだから、おふくろは座っとけ。お茶なら俺が入れてくる」
「え……?」
退院したばっかりって……
「別にいつもの事なんだから大丈夫よ」
「いいから。彼女を中に案内してやって」
「それなら私が……!」
「お前はお前で妊婦だろ。いいから、2人とも座っとけ」
まるで追い払うように手をひらひらと振る冬也さんを見て、お義母さんは諦めたように笑っている。
「それじゃあ、冬也にお願いしようかしらね。あ、ノンカフェインのお茶があるから、陽菜さんにはそれを入れてあげなさい」
「分かった」
「じゃあ、私達は座って待ってましょうか」
お義母さんに微笑まれて思わず冬也さんを見ると、もうすでにキッチンがあるらしい方へと歩いている。
本当に何もしなくて良かったのかな……そう思いながら、後を付いて部屋の中へと入った。
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