6話

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お義母さんに促されるままに向かいの席に座ると、ニコニコと見つめられて落ち着かない気持ちになる。 「あの……?」 「あ、ごめんなさいね。あの子から結婚するって聞いて本当に嬉しくて、今日会えるのを凄く楽しみにしていたものだから、つい見ちゃったわ」 本当に嬉しそうなお義母さんを見て、申し訳ない気持ちが私の心の中を占めていく。 お酒に酔った末の出来ちゃった結婚――しかも、夫になろうという冬也さんに元々苦手意識があるなんて、口が裂けても絶対に言えない。 「さっきの退院したばかりというのは……?」 「大したことないのよ。風邪を拗らせちゃって、持病の喘息がちょっとね。今はもう全然大丈夫」 「それなら良かったです」 「昔から、たまに入院する事があってね。1人親だから、その度にあの子には寂しい思いをさせて……私をいつも気遣ってくれる優しい子なんだけど、そんな環境だったせいか、子供の頃からしっかりし過ぎてて愛想がなくて」 愛想か……確かに、あれで子供の頃は凄く愛想がいい明るい子だったって言われた方が、信じられないかも。 「大学の学費も、殆どあの子自身がお金を出したのよ」 「えっ……!?」 「勿論奨学金も借りてはいたんだけど、高校生の頃からずっとバイトして学費を貯めて……私が払ったのは、入学金ぐらいだったわね。大学に入ってからは、夜遅くまでバイトしてその後に勉強して……そんな苦労をかけてるのが、本当に親として申し訳ない気持ちだった」 その時の事を思い出しているのか、さっきまで笑顔だったお義母さんの表情が曇っていく。 ……そんなに苦労人だったなんて、全然知らなかった。有名大学卒業で成績優秀――それだけを聞けば華々しい感じだけど、実際は苦労の末に手に入れたものだったんだ。裕福な家庭っていう噂もただのイメージで、きっとあの会社内で本当の事を知る人なんていないんだろうな。 「――凄い人ですね、冬也さん」 「そうね……でも、親としては心配していたのよ。優しさが伝わる前に誤解されることも多い子だったから。特に女の子は、ああいう子には近寄りがたいでしょう? 愛想が無くてとっつきにくいもの。あの年まで結婚どころか彼女すら紹介されたことがなくて、もしかしたら一生独身なのかしらって心配していたのよ。だから、あなたの事を聞いた時は本当に嬉しかったの」 両手を握られてお義母さんに満面の笑みを向けられていると、トレーに3つのカップと持ってきたお土産を入れた冬也さんがやってきた。 「――何やってるんだ? 手なんか握りあって」 「冬也のお嫁さんになってくれて嬉しいって話をしてたのよ」 「何だそれ。それより、これ置きたいからその手離して退けて」 「あら……あなたにもそういう可愛らしい感情があったのね」 可愛らしい感情……って、何だろう?クスクス笑っているお義母さんを憮然とした表情で見つめる冬也さんを不思議に思いながら、配られたお茶に口を付ける。 「で、何の話をしてたんだ?」 「えっと……」 「女同士の秘密よ。ね、陽菜さん」 「……あ、そう」 お義母さんの言葉に私が曖昧に頷くと、隣に座った冬也さんが明らかに面白くなさそうな表情をしている。もしかして、拗ねてるのかな……? お義母さんの前では少し子供っぽい表情を見せる冬也さんに、自然と小さな笑みが顔に浮かんでいた。
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