7話

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7話

「上司と出来ちゃった結婚?!」 「しーっ! 声が大きいよ」 お互いの両親に無事挨拶が終わった翌週、大学からの友人を呼び出した私は、会社帰りに居酒屋に来ていた。 「突然呼び出すから何かと思ったら……想像の斜め上をいってるんだけど。だから、お酒注文しなかったわけね」 「あはは……そういうことです。美沙には報告しとかなきゃって思って」 「でもその上司ってあれでしょ? 陽菜が苦手だーって言ってた奴。何でまたそんな相手とそんなことになっちゃったのよ」 「出張先で、ちょっとお酒を飲みすぎちゃって……」 「はーん……なるほど。酔った勢いでってやつか。それで妊娠しちゃうなんて、運がいいのか悪いのか……」 確かに、たった1度で妊娠しちゃうなんてある意味強運……? 「好きでもない相手と出来ちゃった結婚かあ……その上司もよく結婚しようって決断したよね。しかも、妊娠したって報告したその場でプロポーズされたんでしょ?」 「うん……」 「普通は妊娠なんて言われたら、男としては逃げ出したくなりそうなもんだけどね。しかも相手は部下で、お酒に酔った勢いなわけだし」 そうなんだよね……でも逃げるどころか、むしろ私の方が結婚するように説得されたみたいなものだもん。シングルマザーを反対されたのは自分が母子家庭だったからなんだろうけど、産むことは一切反対されなかったし、逆に産んで欲しいって言われたもんなあ。 「それで、結婚生活は上手くやっていけそうなの?」 「うーん……プライベートでも、どうしても上司と部下って感じになっちゃって、結婚生活が正直想像出来ないかな」 「あー……お互い好き同士で結婚するなら違うんだろうけど、陽菜の場合はしょうがないのかもね。上司としか思ってなかった相手が急に旦那になるわけだし」 そうなんだよね。名前の呼び方を変えたところで、気持ちが付いていってないというか…… 「苦手な相手っていう部分はどうなの? どっちかっていうと、そっちの方がきつくない?」 「あー……うん。まあでも、今はそうでもないかも?」 「へえー。どんな心境の変化?」 「心境の変化っていうか……」 自分でもよく分からないけど、最近は話をしてても前ほど苦手意識を感じなくなった気がする。 お義母さんの話を聞いたからかな?私の高校大学時代なんて、遊んでなんぼって感じだったのに、冬也さんはバイト頑張って学費を出して、勉強もちゃんとして…… 「……見る目が、少し変わったのかも」 「ふーん……見る目がねえ。まあ、苦手意識が薄れてるなら良かったんじゃない? 苦手な相手との生活なんて苦痛でしかないだろうし」 出張に一緒に行っただけであれだったんだから、結婚なんて想像しただけで息が詰まりそうだったかも。でも今は、気遣ってくれたり優しい所もあるって分かったし、あの時みたいなのはないかもな。 「恋愛結婚よりお見合い結婚の方が上手くいくなんて話もあるぐらいだし、案外大丈夫かもね」 「そうだといいけど……」 「それよりも私は、陽菜が結婚してお母さんになる方が心配だわ」 「どういう意味よ」 「だってさー、昔彼氏に手料理作るんだって言って、全っ然別の料理作ってたじゃん? ていうか、あれはもう料理ですらなかったけど」 「あんな昔の事掘り返さないでよ、もう。今はちゃんと作れるから大丈夫っ」 「本当にー? それ以外にもさ――」 久しぶりの友人との楽しい時間はあっという間に過ぎ、昔話に花を咲かせている間に帰る時間になってしまった。 「陽菜も駅でしょ? 一緒に行こ」 「あ……ごめん、今日は駅には行かないんだよね」 「あれ、もしかしてつわりで乗れないとか?」 「ううん、そうじゃなくて。お迎えが……」 「迎え? え、もしかして旦那?!」 「まだ旦那じゃないし。住む所を探さなきゃいけないからって、家まで送ってもらうついでに車の中で話をすることになってて。さっき仕事終わったって連絡来てたから、そろそろ近くまで来てると思うんだけど」 「へえ……それで態々迎えに……? それってただの口実なんじゃ……」 「え? あ、噂をすれば。美沙も行こ。紹介するから」 近くのコンビニの駐車場に見覚えのある車が止まるのが見えて、待たせたら悪いと少し小走りで向かう。 「陽菜、走ったら……」 後ろから聞こえる美沙の声に重なるように、車のドアが開いたと思ったら慌てたように冬也さんが降りて近付いてくる。 「こら、妊婦なんだから走るな……っ」 「あ……すみません、つい」 「まったく……ん?」 「あ、彼女は大学からの友人の美沙です」 「木本美沙です。この度はおめでとうございます」 「ありがとうございます。山上冬也といいます」 「態々こうしてお迎えに来るぐらいなので言う必要なさそうですけど、念のため一言だけ。陽菜の事、大事にしてくださいね」 「――はい、分かってます」 「それじゃあ、私はこれで」 「近くまで送りましょうか?」 「いえいえ、お気遣いなく。お邪魔でしょうし、馬に蹴られたくはないので」 馬……? 「じゃあ陽菜、またね!」 「あ、うん。また連絡する。気を付けて帰ってね」 「はいはーい」 ちょっとニヤけた顔で去っていく美沙に首を傾げながら隣を見ると、気まずそうな顔の冬也さんがいて更に首を傾げた。 元々知り合いでは無いのに、なんだか2人の間で私には分からない何かが交わされたように感じて、少しだけ面白くなかった。
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