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8話
「うーん……」
週末、2人で予定を合わせてやってきた不動産屋さんでファミリータイプの部屋を幾つか提案してもらい、資料を見ながら私は頭を悩ませていた。
どうせなら新しい所の方がいいのかなあ……引っ越し面倒だから、長く住みたいし。
「――どうせそんなに長くは住まないし、ある程度条件が合ってたらいいんじゃないか?」
「え?」
あまりにも私が悩んでいたからか、横から冬也さんが声をかけてくれたけど……長くは住まないってどういうこと?
「その内家建てるんだから」
「え……そうなんですか?!」
「ああ。俺この前言わなかったか?」
「言ってませんよ……」
そんなの初耳過ぎて、寝耳に水状態だもの。
……そっか、家建てるつもりなんだ。だったら、確かにある程度条件が合ってれば、新しい所とか拘らなくてもいいのかな。家賃も高くなっちゃうし、勿体ないかも?
「じゃあ……こことここ、内見してみます?」
「――そうだな。お前の条件にも合ってるし、いいんじゃないか」
「それじゃあ、この2部屋を内見でお願いします」
「かしこまりました。少々お待ちください」
ちょっと築年数古めだけど、長く住まないならそんなに気にする必要もないかな。
それにしても――本当にどんどん結婚に向けて進んでいってるなあ。昨日は会社にも報告して、部署の皆に私達が結婚する事が知れ渡ったし。皆驚き過ぎて目が点になってたっけ……予想通りの反応ではあったけど、少しだけ冬也さんの事を知った今、そこまで驚かなくてもって思っちゃった。まあ、私が逆の立場なら間違いなくああなってただろうから、気持ちは分かるんだけど。
しばらくして案内された2つの部屋は、どちらも3LDKで間取りもそんなに違いは見当たらない。だけど、駅までの近さやスーパーまでの距離とか、周りの環境には結構違いがあった。
「こっちの方が良さそうだな」
「やっぱりそう思いますか?」
「公園も近いし、子供が小さい内はいいと思う」
「え……」
てっきり、駅が近いからかと思ってた。通勤に便利だし。男の人だから、そういう目線で選ぶのかなと思ってたんだけど……
「――公園近いと、遊んだりお散歩にいいですよね」
「ああ」
あんまり懐かれそうには見えないけど、意外と子供好きなのかな。子煩悩なタイプ?案外いいパパになったりして。でも、冬也さんが子供をあやす姿か……駄目だ、全っ然想像出来ない。
「他にも探すか?」
「私はここでいいんじゃないかと思いますけど、冬也さんは他にも見たいですか?」
「いや。俺もここでいいと思う」
「じゃあ、ここに決めちゃいましょうか」
お互い2件目の部屋が気に入ったこともあって、物件探しは1日で終了。後は、今のお家を退去して引っ越しをするだけになった。
帰りの車の中で、冬也さんの運転に身を任せながら流れ去る景色をボーっと眺める。
――いよいよ本当に一緒に住むことになるんだなあ……全然実感が湧かない。
妊娠が分かってからこうやって休日に会う事が増えたけど、家に帰ればいつもと同じ1人だったんだもん。でも、引っ越してしまえば会社でも家でも顔を合わせることになるのか……恋愛結婚ならこんなに嬉しい事はないんだろうけど、やっぱりどうしても不安と心配が大きいんだよね。きっと慣れるまでは、ずっと緊張しっぱなしになるんだろうなあ。
「――そういえば、1つ聞きたい事があるんですけどいいですか?」
「ああ。何だ?」
「何で家を建てようと思ったんですか?」
私の疑問に、信号待ちで車を止めた冬也さんがチラッと視線を寄越した。聞いたら駄目な事だったのかなって一瞬焦ったけど、どうやらそういうわけでも無さそう。
「……昔から、家族が出来たら自分の家を持ちたいと思ってた」
「昔から?」
「お前も知ってのとおり、俺は母子家庭でずっとあのアパート暮しだった。それを嫌だと思ったことはない。ただ……子供の頃、一軒家に住んでいる周りの奴らが羨ましかったんだ。両親が揃っていて自分の部屋があって、ペットだって自由に飼える」
そっか……冬也さんにとっては、家族の幸せの象徴みたいなものだったのかな。
「おふくろには内緒にしといてくれ。気にするといけないから」
「はい」
「まあでも、この歳まで漠然と金を貯めていたが、ちゃんと目的通りに使えそうで良かった」
苦笑いする冬也さんの横顔を見つめる。
そんな小さい頃から考えていたことなのに、その隣に居るのが私で本当に良いのかな……きっと昔の冬也さんは、お互い愛情がある夫婦でそこに子供がいて……っていうのを想像していたはずなのに。
あの日をきっかけに未来が変わってしまったのは私も同じだけど、元々結婚に憧れがあったわけでもなければ、具体的な将来設計があったわけでもない私と比べて、冬也さんの場合は想像していた通りの未来がいつか叶っていたのかもしれない――そう考えたら、あの日自棄を起こした自分に罪悪感で胸がいっぱいになった。
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