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10話
「んー……」
いつもの時間に鳴り響く目覚まし時計を止めて、のろのろと起き上がる。まだ眠くてボーっとしながらも、見慣れない景色と片付けきれていない段ボールを見て、引っ越した事と同時に冬也さんと一緒に暮らし始めた事を思い出した。
「……そうだった。朝ご飯作ろうと思って、目覚ましかけたんだった」
休日に目覚ましが鳴るなんて、社会人になってからは初めてかもしれないなあと思いながら、ベッドから降りて自分の部屋を出ると、冬也さんの部屋のドアが目に入った。流石に一緒に寝る勇気はまだなかったから、寝室は別々なんだよね。
部屋を出て、一瞬化粧をするべきか悩んだけど、結局スッピンのままでいることにした。一緒に暮らし始めたし、今は出来ても子供が産まれたらきっとスッピンを見せないなんて出来ない。今の内に冬也さんには慣れてもらおう。
「これ、今日中に片付くのかなあ……」
キッチンに向かいながら、あちこちに見えるまだ片付けられていない段ボールに、少しだけ気が遠くなった。
昨日だけですべてを片付けるのはやっぱり無理で、すぐに生活に必要な物を優先的に片付けた結果、全く開いていない段ボールもあれば、中途半端に片付けられている段ボールもある。これをまたこの後片付けるのかと思うと、少しだけ現実逃避をしたくなった。
「――そういえば、朝ご飯作るのはいいけど、冬也さん何食べるんだろう」
朝ご飯って、パン派とご飯派で分かれたりするよね。昨日聞いておけばよかったかな。……あ。しかも、ご飯は炊かないと無いし、パンってなると買いに行かないと無い。
「……どっちも面倒くさい……」
昨夜朝ご飯作ろうと思った時点で何で気付かなかったのか……自分が情けない。昨夜の内に気付いてたら、先に準備しておけたのに。
「――おはよう。早いな」
「あ……おはようございます」
どうしようかなって悩んでいる間に冬也さんが起きてきてしまって、内心少し焦り始める。だって、まだ何も準備出来てない。起きてきた時には、もう朝ご飯が出来てるっていうのが理想だったんだけどな……
「何か悩んでたみたいだが、どうかしたのか?」
「それが……朝ご飯の準備しようかなって思ってたんですけど、ご飯も炊いてないしパンも無くて……」
「今から準備すればいいんじゃないか?」
「それはそうなんですけど……」
不思議そうに言われてしまって、本当の事を言うのを躊躇ってしまう。結局面倒で悩んでたなんて、ちょっと後ろめたい。
「さては……面倒になったんだろ」
「え……!?」
何で分かったの?!
「その反応は図星だな」
「何で……」
「何年お前と仕事してきたと思ってるんだ。ある程度なら、表情を見れば何となく分かる。特に陽菜は分かりやすいからな」
私にとっては衝撃の発言に、呆然と冬也さんを見つめてしまう。
確かにもう5年以上一緒に仕事してきてるけど……それで分かるようになったりするものなの?
「俺が作ってやるから、座っとけ」
「いえいえ、作るなら私が……っ」
「1人暮らし長いし、ある程度料理は出来るつもりだから、心配しなくても食べられる物が出てくるぞ」
「そういう心配をしてるわけじゃなくて……」
というか、料理出来るんだ。それもそれで意外だけど、今はそういう事じゃなくて、冬也さんに作ってもらうのがありかなしかって話だ。
一応私は冬也さんの奥さんになるわけで、今日は一緒に暮らし始めた初日。初っ端から作らせるのは女としてどうなんだろ……面倒なんて考えてた私が言えることではないけれど。
「陽菜、ちゃんと言ってくれないと分からない」
「その……初日から冬也さんに作らせるのは、女としてどうなのかなって、思いまして……一応、奥さんになるわけですし……」
何となく、声がどんどん小さくなってしまう。
「……なるほど。俺は別に、料理は女が作るものだとは思ってないが、そういうことなら一緒に作るか?」
「一緒に、ですか?」
「そういうのしてそうだろ。……新婚なら」
少し顔を赤くして冬也さんが言うから、私にもそれが伝染して顔が熱くなってくる。
そっか……届さえ出してしまえば、世間的には私達も立派な新婚夫婦になるんだよね。新婚夫婦……駄目だ、意識したら何か恥ずかしい。冬也さんも自分で言っておいて照れてるし。
「何で照れてるんだ」
「……冬也さんこそ、顔真っ赤ですよ」
「っ……そんな事ない。それよりもだな、陽菜はパンとご飯どっちがいいんだ?」
あ、話逸らされた。まあでも、これ以上は私も藪蛇になりそう。
「どっちでもいいですけど、いつもはパンが多いですね」
「そうか。俺もどっちでもいいが……そういえば、近くにパン屋があったな。買ってくるか」
「今からですか?」
「ああ。どうせなら一緒に行くか? 合わせる物は帰ってから一緒に作ればいいんだし。初めての店だと見て決めたいだろ」
「確かに。でも、私スッピン……」
「すぐそこだし、マスクしていけば大丈夫じゃないか? それに化粧してなくても……いいと思うぞ」
……はっきりとは聞こえなかったけど、もしかして今可愛いって言った?
「あの、今……」
「来ないなら置いていくぞ」
入り口に向かっていく後ろ姿から聞こえた声がいつもの冬也さんと変わりなくて、私の聞き間違いだったかなと思ったけど、髪の毛の間から見えている耳が少し赤くなっているような気がする。もし、聞き間違いじゃなかったら……嬉しい。
冬也さんを追いかけてリビングを出ると、置いていくなんて言いながら玄関でちゃんと待ってくれている冬也さんの後ろ姿。その後頭部にぴょこっと寝癖が付いているのが見えて、今までは見た事がないそれに思わず頬が緩んだ。
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