13話

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13話

美沙と会ってから1週間。結局冬也さんには何も聞けず、私からも何も言えないまま時間が過ぎた。いざとなると、どうすればいいかが分からない。 「好きって言うのって、こんなに難しかったっけ……」 シャワーを勢いよく出しながら、溜め息と同時に吐き出した言葉がバスルームに響くことなく消えていった。 突然上司が旦那さんになることになって、そしたら思いがけず好きになっちゃったわけだけど……最近恋愛から遠ざかってたから余計になのかもしれないけど、自分の好意を伝える方法を全部忘れてしまったみたいに何も出来ずにいる。 「相手はもうすでに旦那さんなんだから、普通に考えたら好きって伝えるのなんて変な事ではないんだけど……」 やっぱり、言った後の反応が怖いっていう気持ちがあったりするんだよね。嫌われてないとは思ってるけど、だからって美沙が言うみたいに好かれてるのかどうか……美沙はああ言ってたけど、憶測でしかないわけだし。 「だからこそ、本人に聞かなきゃなんだけどね」 でも、もし私の事何とも思ってないって分かったら、これからの結婚生活が私にとってはしんどいわけじゃない?旦那さん相手に失恋するっていう、よく分からない展開なわけだし。そんなことないって思いたいけど、可能性はゼロではないからなあ…… 「あれ……? 何かちょっと頭がボーっとしてきたかも」 お湯に浸かってるわけでもないのに何でだろ。まさか上せた……?シャワーで上せる事ってあるの? 「洗い終わったら、今日はシャワーだけで出よう」 何となくふわふわする中、急いで洗ってバスルームを出ると、ドアの外から冬也さんの声がかかった。 「陽菜、もう中にいるよな?」 「えっと……今お風呂から出たところです」 「もう出たのか?」 「はい。なんだかちょっと、頭がボーっとするというか……」 「大丈夫か?」 「大丈夫だと思いますけど、今日は早めに休みます」 「そうだな。その方がいい」 冬也さんと会話をしながら体を拭き、着替えて廊下に出ると、やっぱりというか予想通り冬也さんの姿があった。前にもこんなことがあったけど、今度はもう驚かない。 「顔が赤いな」 「シャワーで上せちゃったみたいで……」 「それにしてもしんどそうだぞ。本当に上せただけか? 前はこんな感じじゃなかったし、流石にシャワーだけで上せたりはしないと思うが……」 「そういえば……」 今朝ちょっと喉が痛かったような…… 「もしかしたら、風邪ひいたのかもしれないです」 「風邪か……さっさと部屋に行くぞ」 すぐに手を取られて、私の部屋まで引っ張るように連れていかれる。無言のままベッドに寝かされて、冬也さんに硬い表情で見つめられた。もしかして、怒ってるのかな…… 「――気付いてやれなくて悪かった」 「え? そんな、冬也さんが謝ることじゃ……」 「今日の仕事中もしんどかったんじゃないか?」 「少し喉が痛いかなって思った程度なので大丈夫です」 そもそも、私自身が気をつけなきゃいけなかったんだから、冬也さんが謝る必要なんてない。 「そうか……どちらにせよ、明日は有休だな」 「ごめんなさい、迷惑かけて……」 「何言ってるんだ。陽菜の体が一番大事なんだから、迷惑とか考えるな。それに、妊婦は薬も飲めないし、ゆっくり休む以外にないしな」 横になった私の頭に手が置かれて、軽く撫でられた。……今なら、聞けるかな。 「あの……冬也さん」 「ん?」 「何で、そんなに優しいんですか……?」 「は?」 「元々の性格だから誰にでも優しいんですか? それとも……私だから、ですか……?」 驚いたように目を見開いた冬也さんは、一瞬困ったような顔をした後大きく息を吐いた。 「……陽菜だからに決まってるだろ」 「じゃあ……冬也さんは、私の事どう思ってますか?」 「そんなの……言わなくても分かるだろ」 「分からないから聞いてるんです」 「……陽菜をどう思っているのか、俺は前にちゃんと伝えてる」 「え?」 前に伝えてるって……どういうこと? 「その顔は、あの夜の事全く覚えてないんだな」 「あの夜の事って……出張の?」 「ああ。あの日、俺がお前を抱いたのは別に酔ってたからじゃない」 「え……?!」 酔った勢いじゃなかったの?じゃあ、何で? 「――あの夜、お前が俺と一緒に居て楽しそうにしてるのを見たら、我慢できなくなったんだ。理性を保てなかったのは酒に酔ってたせいかもしれないが、お前を抱いたのは、俺の意思だ」 「それは、どういう……」 「俺は、お前の事がずっと好きだったんだ」 私をずっと好きだった……?! 冬也さんの告白を聞いて、私は信じられない気持ちで彼を見つめるしか無かった。
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