14話

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14話

横になっていた上半身を起こして、ベッドのヘッドボードに体を預ける。 冬也さんが私をずっと好きだったって……一体どういうこと? 「――あの夜の事、どこまで覚えてるんだ?」 「冬也さんにお酒を飲ませまくってた事は覚えてますけど……」 「楽しそうにしてたよな」 「だって……」 飲ませてるうちに楽しくなっちゃったんだもん。苦手だったから、飲み会でも冬也さんには近付かないようにしてたし。普通はいくら飲み会でも、あんな事上司にはしないのかもしれないけど。 「嫌われてるんだと思ってたのに、ただでさえ酔ってフワフワした表情で、あんな風に笑った顔を見せられたら、我慢できなくなっても仕方ないと思わないか?」 「私は別に嫌ってたわけじゃ……」 「でも、俺にいい感情は持ってなかっただろ?」 「それは……」 何も言えなくて、冬也さんから目を逸らす。まさか、苦手意識を持ってたことを本人に気付かれてるなんて思ってなかった。そんなに分かりやすい行動してたかな……割と上手く隠してたと思ってたんだけど。 「別に責めてるわけじゃない。……そういうのには、昔から慣れてたしな」 ちょっとだけ寂しそうにポツリと漏らされた言葉に、胸が痛くなった。そういえば、お義母さんが言ってたな。誤解されやすい子だったって。今だからこそ冬也さんが優しい人だって分かるけど、こうなってなければ、正直私も冬也さんの優しさを知らないままずっと苦手だったと思う。 「酒に酔ってるせいでお前がああなってるのは分かってたんだ。ただ……お前があまりにも可愛い顔を見せるから我慢できなかった」 「冬也さん……」 「でも流石に、お前が誘いに乗るとは思ってなかったがな。当然断られるだろうと分かってて、俺の部屋に誘ったんだ。断られたら、酔っ払いの冗談で終わらせるつもりだった」 「あっ……」 そういえば、あの時…… ――「なあ、新木」 ――「はい?」 ――「この後……俺の部屋に来るか?」 ――「え?」 アルコールでほんのり赤らんだ顔で熱っぽく見つめられて、私はこの人から目が逸らせなくなった。この状況で部屋へ行くことの意味に頭のどこかで気付いていたのに、考えるよりも先に頷いていて……気が付いたら、冬也さんにベッドで見下ろされていた。 「言い訳をするわけじゃないが……お前が俺の誘いに乗った時点で、俺は理性が保てなくなってた。ゴムが無い事には途中で気が付いたが、止まることができなかったんだ。今を逃せば、お前に触れる事はもう2度と出来ないと思ったから」 ……確かに、2度目は無かったかもしれない。現に私は、あの翌日にお互い忘れる事を提案してるし、妊娠していなければ、あの夜の事なんて無かったことにして、きっともう2人で飲みに行く事なんて無かったと思う。 「それにな、お前に触れながら我慢できずに好きだと伝えたら、凄く嬉しそうに笑って抱きしめ返してくれた。酔ってたから相手が俺だと認識出来てなかったのかもしれないが、おかげで俺は、らしくもなくひたすらお前に好きだと伝えていたのを覚えてる。まあ、だからと言って妊娠させていいわけでは無いが……俺の独りよがりな感情で、お前の人生を狂わせて悪かった。俺の子供を妊娠した上に結婚なんて、心底嫌だっただろうな」 「――確かに、冬也さんの事苦手だと思ってましたし、こんなことになって、あの夜冬也さんに沢山お酒を飲ませた事を後悔もしました。でも本当に無理だったら、冬也さんに何を言われても結婚はしてなかったと思うし、産もうとも考えなかったと思います。それに、私の事を好きなんだって分かって、今凄く嬉しいんです」 今だから言える事なんだろうけど、あの日の相手が冬也さんで良かった。優しくて真面目で、ちょっぴり心配性で……そんな冬也さんの事が、私も好きだから。 「でも、ずっとっていつから私の事を? 冬也さんが好きになる理由、私には思い浮かばないんですけど……」 「いつからだろうな……初めて自分の気持ちに気付いたのは、2年ぐらい前だったか。自然とお前を目で追っていて、笑った顔を見る度に心が動かされた。俺だけにその顔を見せて欲しいと、叶わないと知っていながら思ってたな」 2年……そんなに前から……? 私が考えてもしょうがないけれど、当時の冬也さんの気持ちを考えると胸が締め付けられて、自分から冬也さんに抱きついた。 「どうした?」 「……これからは、冬也さんだけだから」 私の気持ちが伝わったのか、背中に回った腕に優しく抱きしめられた。その安心感にホッとする。 「だけど……ちょっとズルい」 「ズルい? 何がだ?」 「あの夜の事、冬也さんはちゃんと覚えてるのに、私は殆ど覚えてないなんて……」 さっき冬也さん、私に好きだって何度も伝えたみたいに言ってたのに、私はそのどれも覚えてないなんて。今ならあの夜を、幸せな思い出に変換できるのに。 「あの夜と同じことしてって言ったらどうします……?」 「は……?! 何言ってるんだ、妊娠中は……」 「しちゃいけないとは言われてません」 「……何かあってからじゃ遅いだろ」 「それはそうですけど……」 何度も好きって言われながら、冬也さんの温もりに包まれたいって思っちゃったんだもの。 「抱くことはできないが……」 急に体が離れたと思ったら、冬也さんの顔が目の前にやってきて、少しずつ近付いてくる。 「これぐらいならいいよな……?」 そのまま触れてきた唇は、温度を感じる前に離れていく。でも、またすぐに触れてきて……何度も何度も触れては離れてを繰り返す。 「陽菜……」 「ん……ふっ……冬也さん……」 「好きだ……」 「はあ……私も……」 「……愛してる」 「んっ……冬也さ……っ」 欲しかった言葉が何度も繰り返されると同時に深くなるキスに、息が上がってくる。 「待って……息が……」 「ん……? これぐらいで息が上がったのか?」 「これぐらいって……」 まあまあ激しめなキスでしたけど……? 「こんなんじゃ俺は満足出来ないんだが」 「へ……?!」 「煽ったのは陽菜なんだから、もう少し付き合ってくれ」 「ん……っ?!」 冬也さんが満足そうに私を抱きしめて眠るまで、2人の唇が離れる事は無かった。
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