16話

2/2
前へ
/32ページ
次へ
冬也さんの案内で着いたお店に入ると、こじんまりはしているけど、アットホームな感じでお客さんで賑わっていた。 「いらっしゃいませ。お久しぶりですね」 「どうも」 カウンターの中にいた女性が、こちらに気が付いて声をかけてくれた。お母さんぐらいの年齢の人がやってるのかと勝手に思ってたけど、40代ぐらいの美人な女性で少し驚いてしまった。道理で、男性のお客さんが多いわけだ…… 「お2人でいらっしゃるなんて初めてですね。そちらの席が開いてるのでどうぞ」 案内された席に座ると、おしぼりを持った女将さんがカウンター内を移動して目の前にきた。優し気に微笑んだ彼女は、私におしぼりを手渡しながら声をかけてくる。 「こちらをどうぞ。お客様は初めてですね」 「あ、はい」 まさか私に話しかけられるとは思って無くて、ちょっと緊張してしまう。 「同じ会社の方ですか?」 「えっと、同じ会社ではあるんですけど……」 「最近結婚したんです」 「あら! まあ、それはおめでとうございます」 「ありがとうございます」 「そういうことなら、今日はお祝いに1品サービスさせていただきますね」 「いいんですか?」 「はい。以前から来ていただいていたお客様のお祝いですから」 厚意に甘える事にした私達は、美味しそうな和惣菜から3品選んで食事を楽しんだ。出汁が効いた料理はどれも美味しくて、時々会話に女将さんが加わったりしている内に、あっという間に時間が過ぎ去っていた。 「わあ……もうこんな時間」 「そろそろ帰るか」 「そうですね」 お会計をして外に出ようとすると、態々女将さんが見送りに出てきてくれる。 「今日はありがとうございました」 「こちらこそ、足を運んでいただいてありがとうございました。またご夫婦でいらしてくださいね」 「はい」 お店を出て、自然と手を繋いで駅に向かって歩き始める。 いいお店だったなあ。雰囲気も良かったし、女将さんも良い人だったし…… 「……」 「……ずっと無言でどうした? あんまり気に入らなかったか?」 「いいえ。凄くいいお店で気に入りましたよ。料理も本当に美味しかったし、女将さんも良い人で美人で……」 そこまで言って、ちょっとだけモヤッとした気持ちが湧いてきてしまった。 「陽菜?」 「……冬也さんも、あの女将さん目当てで行ってたんですか?」 「は?」 「だって……お客さん男性ばっかりだったし、女将さん美人だし……」 「様子が変だと思ったら……勘違いするな。別にあの人目当てで行った事は無い。俺は、ずっとお前が好きだったって言っただろ。他の女に興味なんて湧いたことは無かった」 「冬也さんはそうでも、向こうは違ったかもしれませんよ? たまにしか行ってなかった割には、冬也さんの事覚えてましたし……」 何でこう、一旦モヤモヤし始めるとそういう風にしか考えられなくなるんだろうって思うけど、どうしても嫌な言い方になっちゃう。 「それは絶対にない。あの人は結婚して子供もいたはずだ。それに、ああいう商売は客の顔を覚えるのも仕事の内だろう。そこに特別な意味なんて無いと思うぞ」 冬也さんが少し怒ってるような気がして、顔を俯ける。 「……ごめんなさい、変な事言っちゃって。女将さん美人だし、冬也さんと年齢も近くて親しそうだったから……ちょっと妬いちゃいました」 もう完全なヤキモチ。私、嫉妬深い方ではなかったはずなんだけどなあ。 「陽菜が俺の事で妬くなんて、昔の俺が聞いたら驚くだろうな」 「……怒ってませんか?」 「怒るわけないだろ。逆に喜んでる。それだけ、陽菜の気持ちが俺にあるってことだからな」 ……本当に、それだけ好きなんだと思う。自分でもちょっと驚いてるけど。元彼に対して、こんな事で嫉妬したことなんて無かったもんなあ。 「これからはあの店に1人で行くことは無いから、変な心配はしなくていい」 「え?」 「行くなら陽菜と2人だ。それに、前は食事を作るのが面倒な時に行ってたが、今は作ってくれる人がいるからそういうのも無いしな」 「私は、あんなに料理上手じゃないですけどね」 「陽菜が作ってくれるっていうのが大事なんだ。技術はどうでもいい。それに、十分上手いぞ」 冬也さんの優しく甘やかす様な視線に、鼓動がどんどん早くなってくる。 ……同じ家に帰れる関係で良かったな。だってこんなの、絶対離れたくなくなっちゃう。 「俺達の家に帰るぞ」 「……はい」 さっきよりもぎゅっと手を繋いで歩きながら、同じ場所に帰れる事を幸せに感じていた。
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4596人が本棚に入れています
本棚に追加