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 どうしよう。ドキドキが止まらない。クララは父親の姿を探した。  不安を浮かべた目は、一人の女性をとらえた。座席の向こうの扉近くに、見覚えあるその姿。クララの緊張は一気にほどけ、弾けるような笑顔になった。  お母さんだ。わざわざ来てくれた。力強い味方を目にした効果はてきめん、しおれかかった心にエネルギーが満ちてきた。  クララは、ピアノの椅子に座り姿勢を決めた。お母さんが大好きなモーツァルトのピアノ協奏曲「ジュナミ」を、聴いてもらえる。褒めてもらえるように、頑張らなくちゃ。  ピアノに向かって姿勢を整えた少女は、指揮者を兼ねているヴァイオリニストに視線を送った。彼は弓を高く振り上げると、弦と管のハーモニーがいっぱいに広がった。第一主題に呼びかけに、クララのピアノが応える。弦楽合奏とにオーボエとホルンが溶け合い、ピアノのソロを引き立てる。  ヴィークは最前列の一番端で見守っていた。演奏直前の娘の緊張ぶりに、内心は大慌てだった。本人には知らせていないが、ベルリンやドレースデンから著名な音楽評論家が来ていたのである。  弾き始めさえすれば、ものすごい集中力を見せる。いつものクララ。いや、いつも以上のクララだ。観客は、華奢な腕と小さな手にくぎ付けだった。
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