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例えるなら茨の道
昼食とトイレ休憩を済ませた俺達は、また行先も決めずに車へと乗り込んだ。
カーシートからハンドルまで、炎天下に晒された車内は、うだるような暑さで。エンジンを掛けても、吹き出し口のレジスターからは熱風が流れた。こんなことならサンシェードでも用意しておくんだったな。しばらくは窓全開で換気しないと。
「……サウナみたい」
助手席でTシャツの襟元をパタパタとさせている、ボーイッシュな彼女。この猛暑に恥じらいという概念すら忘れたのか、それとも俺を男として見ていないのか。なんにしても、しっかり前を向いて運転せねば。
何度か傾斜を繰り返し、いよいよ幅の狭い林道に入った。右手側には竹林、左手側には雑木林が生い茂っている。
たまに民家を見かける度、『こんなところで暮らしたら不便そうだな』と思う。住めば都と言うが、本当なんだろうか。
急なカーブが続く。交通量は少ないが、スピードは出せない。
「酔ってないか?」
「平気。似た景色ばっかりで眠くなってきたくらい」
車内も快適な温度になってきたしな。やりたい放題の至れり尽くせりか。こんな奴に気を遣う方がバカらしい。
いい加減、俺だって走行音に飽きてきたところだ。
「……音楽、流すぞ」
「ん、どうぞ」
真っ直ぐな道に出たタイミングで、俺はスピーカーの音量を上げた。聞かせて気まずくなるようなリストでは無かったはずだ、たぶん。
「あ――これ知ってる」
軽快なメロディは、一昔前のJ-PОP。『ワン・ショット・チキン』という人気バンドで、デビューから二十年ほど経った今でも、新曲を出せば必ずランキング上位に食い込む。ダウナー系の声質に、明るめな曲調と歌詞が驚くほどマッチしている。
「『失い人』って曲だっけ? いいよね」
お気に召したようで何よりだ。国民的バンドは伊達じゃないな。一人旅なら歌い出してるところだが、ぐっと堪え……って、お前が鼻歌するんかい。
窓の外を眺めながら、カナは頬杖をついている。二言三言の時は気にならなかったが、やたらと通る声だった。
お腹いっぱいでノリノリで、ずいぶんと気持ち良さそうだな。運転代われや。
聞いた感じ歌の心得はありそうで、ワンチキ(略称)の曲とも相まって、不思議と居心地は悪くなかった。
ぐんぐんと峠を上って、ブレーキを踏みながら下って。川合の大きな橋を渡った先で、俺はコンビニに寄った。
「……休憩?」
「エンジンのな。オーバーヒートされたんじゃ敵わん」
カナは短く息を吐いて、また「ふぅん」と生返事をした。
「飲み物とか、なんか買うか?」
「奢ってくれるの?」
「調子に乗るな。そんくらいは自分で買え」
「じゃあアイスで」
もぞもぞと財布から120円を取り出し、手渡してくるカナ。俺はパシリじゃないんだが。種類を言わないってことは、何を買ってこられても自己責任だからな。
「ったく、大人しくしてろよ」
「……ほんとに行っちゃうんだ」
「ん?」
「別に」
エンジンを切って、俺はコンビニへと向かった。強い日差しで温まった肌が、自動ドアを開けた途端に冷やされていく。1リットルのスポーツ飲料と、溶かしながら飲むタイプのアイスを買う。外のアスファルトは鉄板の如く熱されて、遠くの方では陽炎が揺らいでいた。
ジリジリとした西日が肌を焼く。川のせせらぎを掻き消すように、セミの大合唱が聞こえてくる。
ああ、夏だ。
「早かったね」
「暑いだろうと思ってな」
なんとか車内の冷気は残ったままで、俺はカナにアイスを差し出す。最近のアイスは高すぎだ。足が出ちまったじゃないか。まあ車中をベトベトにされるよりかは安上がりだが。
カナは「ありがと」と礼を言って、飲み口のキャップを外した。俺はビニール袋を広げて、そいつを入れさせる。結んだ袋はダストボックスへ。
キーを回してアイドリング。カーナビが機械音と共に起動する。ここからは、こいつが頼りだ。タッチパネルを操作して……地図の広域化、と。もう結構な所まで来たな。
「目的地、決めないんじゃなかったの」
「風呂と寝床は例外だ。いくらなんでも行き当りばったりじゃ見つからん」
「お風呂は、まあ。でも寝る場所はあるんじゃない?」
「昔な、路肩に停めて仮眠してたら警察に起こされたんだよ。死にたいのかって。真夜中、視界が悪い中で追突されたら終わりだ。相手の居眠り運転じゃ注意のしようもない。車が棺桶になっちまう」
冷ややかだったカナの顔が引きつっていく。路肩をキャンプ地に出来るのは、せいぜい外国くらいだろう。
納得してくれたところで、俺はカーナビとスマホを併用しながら検索した。
日帰り温泉は、それなりに探せばある。問題なのは寝泊まりできる駐車場。コインパーキングを使うのも手だが、トイレのことを考えると不便だ。
俺の経験上、有料のオートキャンプ場を借りるか、道の駅がいい。
「手伝うこと、ある?」
調べるのに没頭していたからか、手持ち無沙汰なカナが訊いてきた。こいつのヒッチハイク先を考えると、やっぱりオートキャンプ場が無難かな。家族連れか、女性しか居ないところに混ぜてもらえばいい。
「それじゃあ日帰り温泉の場所を探してくれないか。なるべく、ここから北にあるのを」
「ん、わかった」
頷いたカナは、ジーパンのポケットからスマホを取り出した。水色のコンパクトなボディが、そこはかとなく似合っているように思う。
そんなこんなで15分。次の準備を整え、エンジンも休ませ、俺達はコンビニの駐車場から出発した。
一つ誤算があるとすれば、ここら辺のオートキャンプ場は、全て予約で埋まっていたということだ。
いくらシーズンとはいえ、旅しすぎだろ、みんな。
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