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3 セフレと遭遇
週三回、幸佑の部屋に行くようになって三週間が過ぎた。オレが行く日は昼前には起きるようになったが、行かない日は昼夜逆転どころか一日二十四時間だってことを忘れているような暮らしの幸佑に、オレは毎日メッセージを送るようになった。
まずは朝、ちゃんと起きるようにしつこくメッセージを送る。朝飯は食わなくてもいいからとにかく朝のうちに起きろと何度も送りつけた。
次は飯を食えと昼のメッセージを送る。それもあって昼食用のレンチンできるものを冷蔵庫に入れておくようになった。冷凍庫には唐揚げやパスタなんかの冷凍食品も買い揃えて、弁当用の野菜系も買ってある。何が減っているか毎回チェックしているが、どうも野菜系の減りが遅い気がする。今度ちゃんと野菜も食えと言っておくべきか、お洒落なスムージー系を買っておくか悩んでいるところだ。
部屋に行かない日の夕方は、風呂に入って飯を食えとメッセージを送る。ついでにあんまり夜更かしするなとも伝えた。
（オレはあいつのオカンか）
我ながら何をやっているんだと思わなくもない。一つ下の幼馴染みにやることじゃないこともわかっている。それでも目にしてしまった幸佑の生活に、どうしても口を出さずにはいられなかった。
「コウちゃんって、昔から人の世話を焼くのが好きだよねぇ」
「はぁ？」
「あれ？ 気づいてなかった？」
夕飯を食べながらそんなことを言われて首を傾げた。
「言われたことねぇけど」
「まぁ、本人に面と向かっては言わないか」
「なんだよ、オレがウゼェってことか？」
「違うよ。面倒見がいいってこと」
やっぱり首を傾げてしまう。いままで友達にも親にもそんなことを言われたことは一度もない。
「もしウゼェってんなら、遠慮なく言えよ」
「ウザいなんて思ってないってば。ただ、コウちゃんって誰にでも世話を焼くよなぁって思い出しただけ」
「そんなことはねぇと思うけど」
「そうかなぁ。ほら、小学生のとき、転校生を毎朝迎えに行ってたでしょ。それも慣れるまでって言って一ヶ月も。あと中学のとき、骨折したクラスメイトのノートも治るまで取ってたし」
よくそんな昔のこと覚えてるなと思いながら、「そういえばそんなこともあったな」と思い出した。
転校生は、人に話しかけるのが苦手なのかなと思ったから声をかけただけだ。それからよく話すようになり、一緒に通学するようになった。そのうち向こうが近所の友達と一緒に行くようになったから遠回りすることはなくなった。そうだ、あのときは幸佑も一緒に通っていたから覚えていたのか。
中学のときのことは右手を骨折して不便そうにしていたからで、ほかのヤツらもいろいろ手伝っていた。たまたまオレがノート担当の一人だっただけで、オレだけが手伝っていたわけじゃない。
「ほかにも……」って、オレでも忘れているようなことを幸佑が指折り話し出した。たしかに一緒にいることが多かったが、それにしてもよく覚えているなと関心する。
「ね、コウちゃんって昔から世話を焼くのが好きなんだよ」
「そうか？ つーか、誰にでもやったりはしてねぇと思うけど」
少なくとも見ず知らずの人にはしたりしない。みんな友達だからしただけだ。
「そういやおまえは、そういうことなかったな」
「うん。俺そういうことするような友達いなかったからね」
しまった、余計なことを言った。いつも一緒だったオレは、小学生のときから幸佑に友達が少なかったことを知っている。それなのに昔の傷を抉るようなことを言ってしまった。
「あー、いや、ごめん。そういうつもりじゃなかったんだ」
「別にいいよ、本当のことだから。コウちゃんは友達多かったよね。いまでも多いんだろうなぁ。っていうか、せっかくの夏休みなのに俺のところにばっかり来てて大丈夫なの？」
「何が？」
「だって、大学生の夏休みっていろいろ予定があるもんじゃない？」
「あぁ、夏休み前に幸佑のこと頼まれてたから、みんなにはバイトで忙しいって言ってある」
「そっか。なんかごめんね」
「やりたくてやってんだから、気にすんな」
これは本心だ。それに幸佑が気になって自分からバイトの時間を増やしたようなものだから謝ってもらう必要はない。それよりも、オレにはほかに気になることがあった。
「……おまえこそ、オレに遠慮してんじゃねぇの？」
「何が？」
「その、最近会ってないだろ？」
「セフレのこと？」
「あー、まぁ、うん」
オレが部屋に来はじめた頃は、二、三日置きくらいセフレが来ていた。バイトをキャンセルされたことはなかったが、「あぁ、来てたんだな」って痕跡がいくつもあったからわかった。
それが少しずつ痕跡も見当たらなくなって、先週くらいからは誰も来ていないような気がする。
（セフレって言っても、幸佑にとっては大事な人たちなんだろうし）
オレが原因で来ていないんだとしたら、それはそれで申し訳ない気持ちになった。
「ん～、別に会う日を決めてるわけじゃないし」
「そっか。……もしオレに遠慮してんなら気にすんなよ。言ってくれればいいだけだから」
「うん、そのときは言う」
そう返事をした幸佑は、リクエストの麻婆豆腐を白飯に載せてモグモグ食べている。いつもと変わらない表情に見えるが、本当は遠慮しているんじゃないかと思った。もしそうなら気にしないで昔みたいに何でも言ってほしい。セフレのことだからと変に遠慮されるほうが寂しくなる。
（オレばっかりが兄弟みたいって思ってんのかもしれねぇけど）
そんなことを思いつつ、今度はもう少し花椒がきいたソースのほうを選ぶかと麻婆豆腐を口に入れた。
＊ ＊
昨夜、幸佑から「ハーゲンダッツ食べたい。マカダミアナッツのやつ」というメッセージを受け取ったオレは、スーパーに寄ってからマンションに向かうことにした。
今日は昼ご飯も作る予定だったから、両親に好評だった簡単豆乳スープそうめんを作ろうと材料も買った。これは深夜番組で見た男飯みたいなもんで、包丁はいらないし材料を混ぜるだけという手軽さがいい。
エントランスに到着して三度チャイムを鳴らしたが反応がない。いつもどおり朝メッセージを送ったときに起きたはずだが、二度寝したに違いない。「ったく」とオートロックを開けてエレベーターで最上階に向かった。「もしかして」と思いながらドアを開けると、予想どおり鍵が開いている。
（鍵は開けたけど、その後また寝たんだな）
それならまだいいが、もし鍵をかけずに寝ていたんだとしたら今度こそ説教をするか。
そんなことを考えながらリビングへ入ると、ダイニングテーブルの脇で見知らぬ男が水を飲んでいた。ギョッとしたが、セフレに違いないと思って慌てて視線を逸らす。向こうも驚いたみたいで、一瞬目を見開いたのがわかった。
「もしかして新しいネコちゃん？ あぁ、だから相手してくれなかったのか。じゃあネコは卒業したってことなのかな」
「？」
勝手にしゃべり出したことにも驚いたが、何を言っているのかさっぱりわからない。オレがそう思っているのが伝わったのか、男が「あれ？」と言って首を傾げた。
「違うの？ てっきりユキの新しいネコちゃんかと思ったんだけど」
「ねこちゃんって、オレ人間ですけど」
そもそもユキっていうのは誰だ。取りあえず猫じゃないと否定したら、男が吹き出すように笑い出した。「なんだよ」と思ったのが顔に出ていたらしく、笑いながら「ごめんごめん」と謝っている。
「ユキが好きそうな小柄の子だから、てっきり新しいネコちゃんかと思ったんだ。ごめんね。なるほど、よく見たらこれまでのネコちゃんとは違うタイプだ。もしかして友達？」
「幼馴染みですけど」
「へぇ、ユキにも幼馴染みなんていたんだ」
なるほど、ユキってのは幸佑のことか。それにしても「ユキにも」なんて失礼な男だ。思わずムッとしたら、また男が笑った。
「あれ、怒っちゃった？ ユキってあまり自分のこと話さないから物珍しくてね。なるほど、幼馴染みが来るようになったから部屋の雰囲気が変わったのか」
男がゆっくりと部屋を見回している。男の視線を辿るように部屋を見たが、とくに変わったところはないはずだ。調理器具の数は増えたが、それ以外の荷物は増えようがない。もしかすると掃除する回数が増えたからかもしれないが、もともと綺麗だったから大した変化でもないだろう。
（こいつがセフレなら、余計なことは言わないほうがいいか）
そう考えたオレは、買ってきた物を冷蔵庫にしまうことにした。
（つーか、趣味変わったか？）
高校のとき、幸佑が付き合っていた男は小柄で可愛い顔をしていた。ところが男は幸佑と同じくらいの身長で、可愛いというよりかっこいい部類に入る。
セフレの女の子と鉢合わせしたらどうしようと思っていたが、まさか男と鉢合わせることになるなんて思わなかった。来たばかりなのか帰るところなのかはわからないが、この後幸佑と顔を合わせるのは何となく気まずい。「それなら一旦帰ったほうがいいか」なんて考えながら冷蔵庫の扉を閉めたら、グイッと腕を引かれて驚いた。
「ユキと違って真面目そうな子だね。これだけ真っ黒でサラサラということは、髪を染めたことがないのかな？ それに眼鏡も普通のデザインだし、ユキの幼馴染みとは思えないくらい普通だ」
男の言葉にカチンときた。自分が平凡だという自覚はあるが、だからといって他人にわざわざ指摘されたいとは思っていない。そもそも見た目と幼馴染みかどうかは関係ない話だ。
（それにユキってなんだよ）
セフレ専用の呼び方なのかと思ったら、ますますイラッとした。
「あれ？ 僕を見てもドキドキしない？」
ジロッと睨んだら、なぜかそんなことを言われた。意味がわからないし、どうしてジリジリと壁際に追い詰めてくるのかもわからない。
「おかしいな、顔には自信があるんだけど」
気がつくと失礼な男に壁ドンをされていた。いやもうマジで意味がわかんねぇんだけど。
「あいつで見慣れてるんで」
正直に言ったら、また男が笑った。男は冗談だと思ったみたいだが、冗談抜きでイケメンは幸佑で見慣れている。そもそもあいつより綺麗な顔をした男を見たことがない。テレビや雑誌で見る芸能人だって、幸佑のほうが綺麗な顔をしていると思っていたくらいだ。
だから、そこら辺のイケメン程度じゃ「イケメンだ」と思うことすらなくなった。
「嫌なこと言うね。これでも僕、傷つきやすいんだけどな」
言葉とは裏腹にクスクス笑いながら、今度はオレのほっぺたを親指で撫で始めた。意味がわからない行動にギョッとし、気持ち悪い感触にゾワッとした。
（何してくれてんだよ！ オレは幸佑じゃねぇぞ！）
思わずそんなことを言いかけて、慌てて口をつぐんだ。余計なことを言って幸佑に迷惑をかけるわけにはいかない。
「うーん、たまにはこういう平凡な子っていうのもいいな」
馬鹿にしたような男の言葉に、「迷惑をかけるわけには」なんて言葉はすぐに吹っ飛んだ。
「触んな。つーか、マジ失礼な男だな」
ほっぺたを撫でていた男の指が止まる。こいつが幸佑のセフレだろうが知ったこっちゃない。
「へぇ、けっこう口が悪いんだね」
「うるせぇ。ってか触んな。退けって」
「ふぅん、威勢がいいのも悪くない」
「だから退けって。オレに用はないだろ」
「そうだったんだけど、気が変わった。ねぇきみ、僕のネコちゃんにならない？」
「はぁ？」
さっきから何を言っているんだ。さっさと手を退けろと男を睨みつけたら、なぜか男の顔が近づいてきてまたもやギョッとした。
「は!? ちょ、なにして、」
慌てて逃げようとしたが、人生初の壁ドンから逃げる方法なんてオレが知るわけがない。
「ちょっ、何しやが……っ！」
どんどん近づいてくる顔との距離感が気持ち悪くて、顎を掴む男の手を思い切り叩いて顔を背けた。すると、ほっぺたに生温かいものが触れて顔や首にボボボッと鳥肌が立つ。
（あと少し遅かったら唇だったじゃねぇか！）
何でオレがこんな男にファーストキスを奪われかけないといけないんだ。離せ、退け、ふざけんな、そんなことを言いながら男の顔を思い切り押し退けようとしたとき――。
「ねぇ、何してるの？」
やけに低い幸佑の声が聞こえてきた。
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