Sky Smile Story

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「ではまず、お一人ずつ自己PRと当社への志望動機を1分以内でお願いします・・・」  頭の中で瞬時に回答を構築していく。自己PRに志望動機。基本中の基本だ。自己PRは、多くの学生が30秒バージョン、1分バージョン、そして主に1対1の個人面接用の3分ロングバージョンくらいを用意している。それらの基本パターンをもとに、あとは状況や会社によってアレンジを加えていく。これから繰り広げられるのは、おおむね自己PR30秒バージョン+志望動機のセットということになるだろう。志望動機は、もちろん会社によって変えるのが常識だろうが、使い回しのワードも多い。それは自分の目指す方向が一貫しているからと言うよりも、毎回ゼロから作っていたら連日の面接に間に合わないからだ。  志望動機を「作る」というのも変な表現だ。でもこれが現実だと思う。自分だって結局同じようなことをしている。 一人目の学生が話し出す。  「私は中学、高校とやってきたテニスを通して常に切磋琢磨し、努力する気持ちを学びました。どんなものかと申しますと、例えば大会の時・・・」  学生が5人くらいの集団面接になると、大体その中の3、4人は同じようなことを喋っている気がする。どの就職本やセミナーでも自己PRは「部活やバイトなどの具体的な経験を挙げて」と書いてある。集団面接は一人がスタンドプレーにはしると、全員が落とされるとセミナーで聞いたことがある。たしかに誰か一人の冒険心で面接をぶちこわされたらたまらない。どうしても「あたりさわりのない優等生の答え」というルールの中での競争になっている。体育会系の部活出身はプラスポイント。バイトなら家庭教師も悪くないが、居酒屋やコンビニの深夜など、多少ブラックな匂いもする体力系が好印象。今回も1分間自己PR&志望動機は、定められたセオリーをなぞっていく。まるで5時間目の日本史の授業のように淡々と、つつがなく。そう、しいていうなら革命も政権交代もない時代。江戸時代中期といったところか。誰かが乱を起こしたところで何も変わらない。強者は常に強者という節理を確認していく。  ただ、日本史の授業と違うのは、この瞬間の一言の選び方で人生が変わるかもしれないということ。  「次の質問です。自分をものに例えると何だと思いますか、・・・理由をつけて。じゃあ今度は古賀さんから。」  これも定番の質問だった。指名された女子学生は、まるで前からこの質問がくることが分かっていたかのように、すらすらと話し出す。  「はい、私はスポンジみたいな人間だね、とよく言われます。」  いやいや、普段そんな会話をしているわけないだろ。心の中で突っ込む。  「なぜなら、スポンジのように柔軟にいろんなものを吸収していくからです。例えばアルバイトで・・・」  スポンジネタを聞いたのはこれで3回目だった。どこかの就職活動マニュアル本にあった気がする。  「じゃあ次に・・・、池谷さん。」  自分の番になった瞬間も、まだ何を言うか決めかねていた。マニュアルに沿ってもかまわない。だけど・・・。  「こうありたいという願望も含めてですが・・・、ボーディングブリッジのような人間だと思います。」  面接官が一瞬、怪訝な表情をしたような気がする。息が詰まる。とはいえしゃべりだした以上、今さら撤回もできない。せめて最後まで何とかまとめるしかないだろう。  「初めて訪れる国の空港に着いて、飛行機を降りてボーディングブリッジを歩く時の感覚って独特なものだと思います。今までと違う空気の匂い、これから始まる未知との出会いへの予感・・・。ですからそれと同じように私と出会う人たちも、私という人間に何か新しい予感やわくわくした気持ちを持ってもらえるように、そして自分もボーデリングブリッジの先にあるような広い世界の、新しい価値につながっていける人間であるように・・・」  「そうですか。分かりました。では次に・・・」  冷やかな反応。スタンドプレーをしてしまったのは自分だったのかもしれない。  面接が終わったのは午後4時30分。京阪の淀屋橋駅まで行っても、ラッシュになる時間にはまだ少しあるので座れるはずだ。今住んでいるアパートのある京都までは私鉄で50分、東京のサラリーマンに比べればずっと楽な通勤なのだろうけど、おそらく落ちたと自覚した面接の帰り道はさすがに疲労感がある。  ボーディングブリッジはさすがにまずかったか・・・。いつも帰り道は一人反省会だった。何度も海外に行っている社員なら今さらボーディングブリッジの感動なんて通じないか、とか。そもそも空港のターミナルと飛行機をつなぐあの可動式の搭乗橋の名前をボーディングブリッジだということは一般常識だっただろうか、とか。過ぎ去ったことを今さらくよくとと考えていても仕方ない。次に同じ質問があったら別の回答でいこう。スポンジは、なんか嫌だし・・・、粘り強い性格だから「餅みたいな人間です。」なんていうのもイマイチだ。「普通の会社」のために何かあたりさわりのないネタを用意しよう。  近畿圏に住んでいると、多くの説明会や面接は大阪で行われる。毎週何度も通っているうちに電車のダイヤも大体覚えたし、車窓の風景もだいぶ見慣れてきた。三月、少しずつ日が長くなってきた。この時間帯、進行方向左側に座ると樟葉駅を越えた辺りから、美しい黄昏の景色に出会う。茜から薄紫へと移ろいゆく空。遥か山麓に立つ鉄塔の影。暗くなるにつれ、その眩さを増すのは名神高速道路に連なる灯。  人々の営みの灯、その連なり。明日へ繋ぐそのささやかなあたたかさにさえ胸が熱くなることがある。数か月前、就職活動を始めた頃はそんな感覚はなかったように思う。最近感傷的になってきたのだろうか。   採用人数数十人に対して数万人の学生が殺到する、新卒の就活ではそんな状況も珍しくはない。就職を目指す大学生は解禁された瞬間から、毎日のように会社説明会や面接に通う日々。内定を取るまで数十社の面接を受けるのも、一日に2、3社回るのも当たり前。そのたびに「御社が第一志望です」と繰り返す。自分もこれまで十数社受けてきた。書類選考で落とされたことはないし、筆記試験も余裕で通過する。それでも今のところ内定はない。つまり面接に通らないのだ。一般的に四大卒の選考は書類に筆記、そして面接が2~5回といったところ。面接も個人面接に集団面接、グループディスカッション等いろいろあるが、いずれにせよ面接を突破しなければゴールの内定はない。自分では素直な気持ちを話しているつもりなのだが、何が問題なのか。筆記試験がダメならただ点が足りないだけ、勉強すればいい。でも面接がダメとなるとどうしていいか分からなくなる。学力は認められるけど、人間的にNGなのかなんて考え出すと、暗い気持ちが次第に膨らんできて、自分自身を否定しかねなくなる。  でもまぁ・・・。思い直す。今日の会社は業界最大手のメーカー。志望者は2万人。つまりアジアを席巻する国民的グループのメンバーオーディションより多いくらいなわけだし・・・。悪い方にはまりはじめた考えを無理やりそらし、電車の揺れに身を任せる。電車は木津川の鉄橋を渡り、車両庫の上を高架で通過する。ここまで来ると京都市内はもうすぐだ。帰ってきたという感覚で少しほっとする。また明日もこの道を通って大阪に向かう。    翌日。大手商社、双葉商事の一次面接会場は、新大阪駅から徒歩数分、大阪本社近くのシティホテルの1フロアだった。なぜ社屋でやらないのかは知らないけれど、面接という雰囲気とは全く違う、こんなホテルなどでやられるのは好きではない。経費に余裕があるのは結構なことなのかもしれないが、面接会場だけでなく、控え室までホテルの客室というのには辟易した。わざわざベッドを取り除いて椅子を並べた客室に、十人くらいの学生と受付役の社員がいて、窮屈な感じが否めない。早めに来たからあと20分はこうして座っていないとならないとなると、かなり苦痛だ。 何をするでもなく、頭の中で面接のシミュレーションをしていると、部屋の反対側の方で3、4人の学生が入り口のところにいる社員には聞こえない程度の声で話しているのが聞こえてきた。真ん中に座っている恰幅のいい男が中心になっているようだ。顔つきからして学部生にも見えないが、院生なのだろうか。何やら自分の面接マニュアルみたいなものを偉そうに語っている。まず、面接官の顔を見て、その人がどんな答えを好むか瞬時に判断するのだとか。時折、心がかき乱される言葉が耳に入ってくる。  「内定は今3つで、今週中に5つになるで。」  「あの会社は余裕だったわ。筆記と面接が3回で、役員面接までいけば落ちることはまずないんやけど、とりあえずリクルーターと上手くやらんとあかんからね。」  「阪奈電鉄のリクルーターとはもう3回会ってるし、そろそろ上に上げてくれんと困るわ、ははは。」  「結局面接なんて、相手をえぇ気持ちにさせればええねん。リクルーターからしたら、自分が上げた奴が、もし入社してすぐに辞めでもしたら目も当てられへん。冒険はいらへん。欲しいのは計算できる忠実な兵隊や。夢だ理想だ自分らしさなんやと大言壮語並べる必要なんてあれへん。どうやって相手に合わせて気に入られる言葉を言えるかだけや。せやけ上下の厳しい体育会系出身はやっぱり有利や。僕はそのために、わざわざ大学で野球部に入ったんや。まあ軟式やけどね。もちろん練習なんて行くわけないやん。調べられんて、そこまで。」  何のために戦っているのだろうか?心はないのだろうか?相手に気に入られることを第一に考えた面接。就活のポイントアップのためだけに好きでもない部活を選ぶスタイル。どうしても受け入れられなかった。 彼のこんな横柄な態度は、きっと面接になるとコロリと変わるに違いない。頭ではなんとなく分かっている。目的を達成する方法を徹底的に研究し、自分を殺してでも冷静に実行できる力。それが社会人として評価されるのだということ。それでも・・・。 周りの学生は熱心に聞き入っている。成功のヒントを得ようとしているのだろう。まだ自分はそこには行けない。行きたくもなかった。  「面接なんて、相手をいい気持ちにさせればええんや。」  心の中で反芻してみる。気持ちがささくれだった20分を過ごし、ようやく自分の番がやってきて隣の部屋に通される。一対一の個人面接だった。  「京都大学文学部の池谷一也と申します。本日はよろしくお願い致します。」  「それじゃあまず、学生時代に力を入れてきたことを・・・」  面接が始まっても、さっきの控え室の一件からか、どうも気持ちが乗らない。 「お前ら、夢ってないのか。何が『面接官を気持ちよくさせればいい』だよ。」って言ってみたらどうなっていただろう。失笑、蔑み、それとも憐れみか。「かわいそうに、何も分かってないんだねぇ。」という顔でこちらを見る姿が目に浮かぶ。いくら叫んだところで、こちらは何も結果を出していない。当然このレースでは、内定を取れる彼の方が「正しい」ということになる。結果さえあれば自分も強くなれるはずなのに。  「お酒はけっこう飲むの?」  時折商社や運輸、男性比率の多い体育会系の会社で、こんな質問がくる。  「・・・それほど強くないですけど・・・」  実は全く飲めない。  「でも、飲み会に行くのは好きです。」  本当は全く好きじゃない。「なんで飲まないの?」としつこく言われたことがあってけっこうトラウマになっている。 本にはこう書いてある。飲めないのに敢えて飲めますという必要はない。ただ相手は飲み会への参加を気にしている場合もあるため、ソフトドリンクでも十分楽しんでいます等、フォローすることを忘れないように。「ソフトドリンクでそのテンションなの?」と飲み会で言われたことがあります、という小ネタも交えるとなお良いでしょう。  乗りきれない面接をどうにか終えて控え室に戻ると、まだ彼の雄弁は続いていた。もう面接は終わっているはずなのに、なんで帰らないのだろうか。 「就職コンサルタントとかできるんじゃないですか?」 周りの学生に持ち上げられて悦に入っているようだ。まだ若いのに、よくもまぁこんなになったものだ。自分の荷物を取って早くここから出ようとした時、彼もおもむろに帰る準備を始めたところだった。立ち上がる彼の最後の言葉が、乱れた心をさらに荒らしていく。 「4時にハイヤーを呼んであってな。駅まで歩くと疲れるやんか。5時から佐久間建設の最終面接や。まあここは最終で落とすことなんてないから、もう決まりやけどな。」  彼と同じエレベーターになるのが嫌だったので階段で降りた。就職の面接の控え室で、偉そうに語りながらハイヤー待ちの時間を潰していた男。遠方の面接では新幹線よりも夜行バスを使う学生がほとんどなのに、あなたはハイヤーですか。それが勝者の余裕というもの。来年から安定した収入が約束されている勝ち組の余裕だ。
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