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二日後、内定なら電話がかかってくる日。呆れるほどの沈黙の中、時間はあっけなく過ぎてゆく。今回はこれで終わったようだ。
夜の八時を過ぎて、もう電話がなる可能性もなくなった頃、なんとなく一人部屋で過ごすのが嫌になり、自転車で十分ほどのショッピングモールに向かった。書店で「月刊エアライン」を立ち読みする。その中にたまたま関空―台北線に就航した新機材の搭乗レポートがあった。記事の写真の一つに関空の夜景を見つける。闇を貫き、ランウェイの形にまっすぐ誘導灯の光が連なっている。エンドレスイルミネーション。ランウェイの果ては終わりではない。それはいつも物語の始まり。
顔を上げて見渡すと、この世界は何も変わっていなかった。関空のターミナル2Fと同じスタバの香りを微かに感じたが、悲しさよりも心地よさを感じた。もう関空の写真を見て涙することもなかった。二度と見たくないという気持ちも全く芽生えなかった。モールの中は明るく、誰もが今日を生きていた。そういえば鴨川沿いを走りながら吹き抜けていく生温かい夜風も、今日は心地よかった。
帰り道の途中、鴨川にかかる橋の上から空を見上げると、星の間を通り抜けるように北西へ進む飛行機のライトが瞬いている。
いつも空を見ていた。
大阪の面接から帰る電車が京阪樟葉駅を過ぎる頃に車窓から眺めた、明日への希望を照らした雄大な夕景。新宿32階のGlobal Destinations戦、人々の生きる灯が光の海となった大都会のトワイライト。何度も打ちのめされた東京遠征、夜行バスの帰り道、未来という星を探した足柄サービスエリアの夜空。この上ない情熱を灯してくれた、スカイクリスタル戦の朝の澄み渡る青空。そして、旅立つ翼に夢を託した湾岸のときめき。あの空の果てに描いた夢が色褪せることはない。
そして今日も、こうして空を見上げている。光はゆっくりと動いてゆく。あの飛行機から見たらこの世界は、あまりに小さく、そして美しいのだろう。
視界に届く限り光を見送ると、少し晴れやかな気持ちになってアパートに戻る。いつもより少しだけ大きめのボリュームで、この一年半何度も支えてくれた歌を聴く。
この星が願いかなえてくれるかな
If I were a bird, I would fly to you
I wanna fly to you but I don't have any wings
If only my wish will come true, I would say to you
In this world, there is no one else but you
(有里知花「世界中であなただけ」より)
ふとスマホを見るとメールがきていた。英明からだ。関空の結果は伝えていた。タイトルを見ただけで笑いがこみ上げる。
「祝!関空最多勝」
書類、筆記、一次面接。それが2年だから合わせて6回、選考に通過している。普通の内定者よりも多い。通算6勝2敗、なかなかいい勝率だと思う。
どれもいい戦いだった。あの日々がなければ、音楽を聴いて泣いたり、さりげない風景を心に刻んだりすることもできなかった。そして、本当に大切なものに気付けなかったかもしれない。
翼は折れていない。生きている限り、またいつか心から熱くなれる場所で戦う時がくるだろう。
英明に返信をしている最中にLINEの着信があった。
「ひさしぶり、ずっと連絡してなくてごめんね。」
セツナだった。
「あれからいろいろあったけど、まずお礼を言わせて。一也のメッセージがなかったら自分を見失って、ダメになっていたかもしれない。はっきり言ってくれてありがとう。最初は相当ムカついたけどね(笑)。」
その後のやり取りで、セツナが公務員試験を受けていることが分かった。あまり公務員のイメージはなかったが、地域の国際交流やインバウンドの活性化に携わりたいとのことだった。
「試験が終わったら、京都に行きたいな。受験勉強で卒業旅行も行っていないし。案内してくれる?」
最初は相当ムカついていたという言葉に嘘偽りはないだろう。相当な気合いでおもてなしした方がよさそうだ。久しぶりの面接以外での旅、想像するだけで心が晴れてくる。
十月一日。多くの会社がこの日に内定式をするので、京都駅の新幹線コンコースにはスーツ姿の学生らしき人たちがちらほら見える。これから自分も内定式、二番目に内定をくれた東京の運輸関連の会社に行く。選んだ道に迷いはない。ただ、コンコースに立った時、少しだけ懐かしさに似た感覚を覚えた。美しい観光地のポスター、大きな荷物を持って行き交う人々、土産や食べ物を売る売店、そんな風景が少しだけあのターミナルに重なって見えた。もちろん悲しさはない、今なら堂々と見据えて生きていける。
ありがとう。誰にというのでもなくつぶやく。
この気持ちを忘れないで、どこに行っても強く生きる。そしてまた会いに行こう。
生きることはつなぐこと。この世界の小さな小さな灯となれるように。
あたたかな思いを心にしまい、ホームへ続く階段を歩き出す。
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