Sky Smile Story

3/14

11人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ
いつ面接が入るかも分からないから、あまりバイトも入れられない。そんな中で東京に行くのはかなりの負担だ。時々面接の交通費を出してくれる会社もある。中には1回東京に行って、集中的に交通費の出る会社をまわっては「5万円儲かった」とか喜んでいる友人もいるけれど、そんな理由で行きたくはなかった。誠意がないなんて、何社も受けていて、人のことは言えないけど、それでも受ける時は、どの会社も本気でやっているつもりだ。金目当てとか、東京で遊ぶために戦っているわけじゃない。そう、生きるためなのだと。  そういうわけで交通費の出ない1社のために東京に来ている。Global Destinationsという留学斡旋業者。短期のホームステイからワーキングホリデー、老後のロングステイまで手がけ、海外に13の駐在員事務所を持つ急成長のベンチャー企業だ。「世界でやってみろよ」っていう会社のキャッチフレーズに惹かれた。ここなら面接で思っている通りのことを言えるかもしれない。  ちなみに売上高・平均年齢ともに、同郷の先輩、川嶋の示した基準に達していない。ネットで検索してもブラックな匂いがゼロではない。遠征よりも近場の知られていない優良企業を固め打ちというのが川嶋の勧める戦略だったから、完全に真逆のことをしていることになる。  都庁に近い高層ビルの32階にあるオフィス。今までもう20社くらい受けてきたけど、建物に入る時から、グッとくる独特の感覚を覚える会社は数少ない。ビルの入り口の前で立ち止まり礼をする。もちろん誰かが見ているかもしれないから、という計算などではない。これから人生をかけた戦いが始まると思うと、厳粛な気持ちになるからだ。これも高校の時からの習慣だ。大事な部活の大会の時などに仲間たちとやっていたスタイル。大学に入っても変わらない。あの時の純粋な熱い心を思い出す。  同じ回の学生は自分を入れて10人。今回は旧帝大・早慶上智の学生だけの特別枠とのこと。つまり学歴のアドバンテージは一切なし。簡単な説明会の後、そのまま一次面接が始まる。顔ぶれを見ても、どことなく今まで見てきた学生とは違うな、という気がする。やれ一部上場だ、業界トップだって群がる奴らとはやっぱり違うのだ、きっと。  「当社を受験されようと思った理由、それと当社でやってみたいことをお話しください。」  この回りで行くと自分は7人目。正直言って集団面接で他の人が喋っていることなんて、ほとんど聞いてやしない。聞いているような顔をして、時には頷いてもみせて、頭の中では自分が言うことを一生懸命確認している。というより大体は教科書通りの回答なので聞いていなくても想像がつくのだ。しかしこの時は初めて、他の人の話すことに聞き入ってしまった。誰もが個性的で、堂々と言いたいことを言っている。中でも一人の女の子の話に感動を覚えた。  「今の世の中は個人の主義とか理想など相手にされず、大事なのはいかに自分を捨てて、周りにうまく合わせられるかです。自分が納得いかないと思っても、「おっしゃる通りですね」と口をそろえ、おもしろくなくても目上の人が言ったことなら大袈裟に笑ってみせる。一方で誰かが何か言えばすぐに、「空気読めよ」だの「周りを見ろよ」だの狭い価値観を押しつけて叩くことで安心感を得ている。そんなものはその人の周りの、ごくごく小さいコミュニティの中で楽に暮らしていくためのもの、そんな一つの価値観、常識を超えて、すがすがしくて楽しいことがしてみたい。人の夢を壊すのではなくその夢を少しでもつないでいける人でありたい、その中で御社の理念と出会い・・・・・・」  すばらしい。心の中で拍手した。  「それでは次に、当社の事業である海外生活、留学のサポートというものについての考えを述べてください。池谷君。」  自分の番がきた。さあ、勝負しよう。  「海外では日本で当り前だった常識は通用しないし、日本でのステータスも何もないゼロからの状態で、人間関係も何もかも作っていかなければなりません。それは厳しいことかもしれません。しかしそこで生まれてくるものこそ純粋な心と心のつながり、それがいかに幸せなことかを知り、そして生きる力に変えていくことが、いつの日か世界をいい方向に変えていくのではないか、と思います。御社の事業はまさに・・・・・・」  いつもの面接よりとばした感じだったけれど、後味はそんなに悪くはない。後は面接官の感性にヒットするかどうかだろう。面接が終わり、オフィスを出ると、廊下の突き当たりの窓から夕闇に包まれた東京のイルミネーションが見えた。やっぱりこの街は大きい。果てない夜景を織り成す一つ一つの光の粒が、生命の息吹がそこに在ることを象徴する結晶となって闇を貫く。そんな結晶が光の海となり、この世界の物語として、見渡す限りの世界をどこまでもつながっていく。その崇高な美しさに息をのむ。この星の、ただ小さな小さな光の一つでありたい。頼りなくても儚くても、この世に生まれて、生きる証を照らしたい。  面接で一緒だった他の学生も足を留め、景色に見入っていた。  新宿駅までは面接で一緒だった学生といろいろ話しながら歩いた。人生を決めるかもしれない30分、今日ここで出会い、共に戦った。それだけでもう仲間だと感じる。  この会社に入れるかどうか分からないけど、今日くらいの面接が出来れば大丈夫だ、お互いどこの会社にいってもがんばろう、そんなことを言いながらお互いにエールを送って別れた。  帰りの夜行バスは東京駅を22時発だから、まだ4時間以上ある。一人で、しかもスーツ姿で、夜の東京で時間潰すのはてけっこう困る。時間が余るのは分かっていたからとりあえず映画でも観ようと思って、予めネットで調べてきていた。中央線で中野へ向かう。中野の単館系映画館で「しあわせの場所」という中国映画をやっているのをみて、最近の自分の状況もあいまってちょっと観てみたくなったのだ。中野駅から続くアーケードの中の吉野家で夕食を済ませる。一人で外食をするのは苦手だ。だけど就職活動をするようになって、そんなことも言っていられなくなった。昼なら大体マックとかロッテリア。夜はさすがにそれでは寂しいので、一人の客が多くて入りやすいチェーンの店に行く。  食事を終え、同じアーケードから少し脇に入った、狭い路地にあるビルに辿りつく。小さな映画館だったけど、それでも席はガラガラ、客は数人しかいない。まあ、いちゃつくカップルがいないだけでもいいやと思う。それに作品の良し悪しは観る人の数じゃない。  アジア映画が好きだ。その中でも街の雑踏の風景が好きで、ソウルや香港を舞台にした作品を見つけては観ている。  文明の粋を尽くした超高層ビルが立ち並ぶ隙間に、寄り添うように昔の風情が息づく混沌とした様。決して綺麗とはいえない狭い街路に屋根を重ね、悲しみを笑顔で覆うように育まれる暮らし。そんな場所で激動の時代に、ただ大切なものを守り、ささやかな幸せに出会うという生き方。埃だらけの路地にも光は射し、喧騒は絶え間なく、ひたむきに暮らす人々の姿に、いつしか素朴な美しさがあることに気づく。  最後はけっこう泣けた。何がとは言えないけれど、何かをもらった気がする、そんな映画だった。苦しい戦いの日々、こうして誰かの生き方に出会って、自分を見つめなおす瞬間も大事かもしれない。  今日ここにこれてよかったと思える一日に満足しながら、地下鉄を乗り継ぎ東京駅に戻る。八重洲南口のバスターミナルに着いたのは21時40分。売店で飲み物とちょっとした食料を買って、待合室で待っていると、リクルートスーツを着ている女の子の姿が見えた。明らかにこの子も就活だ、と思っていると何やら見覚えがあることに気づいた。今日の面接でかっこいい答えを連発していたあの子だった。  「あ・・・!」  すぐこちらに気づいたようで、彼女の方から  「あぁ、さっきの面接の・・・」  と声をかけてきた。微笑んだその顔は、あまり大胆な発言をするようにはみえない。顎は尖っているけど顔全体は若干ふっくらとしていて、小さく細い瞳は優しさをたたえている。そっけなくされないでよかったというほっとした気持ちと、同時に初めて面と向かって少し緊張がよぎる。  「夜行バス?どこまで?」  自然な感じになるように聞いてみる。聞いた後に気づいた。この質問をしているということは、さっきの面接できっと出ていたであろう大学名を記憶していないということだ。  「仙台。新幹線もあったんだけど高いから。」  特にそこは問題ではなかった様子。ほっとする。  「そうだね。1回ならともかく、何回来ることになるか分からないしね。」  「でしょ。もういいかげん嫌になってくるよ。」  オフィスで見た時はもっと気高いというか、近寄りがたい感じもしたけど、けっこう話しやすい子のようだ。今日の面接はどうだったと聞いてみる。  「どうかな・・・。周りの人がみんなすごいから緊張したよ。」  「そんな風には見えなかったし、けっこういいこと言っていたじゃない、感動したよ。」  一瞬何か言いたそうに見えたけど、すぐにそんなことないよ、と微笑んだ。  「あ、バス来た」  もう少し早く駅に来ておけばもっと話せたのにと少し後悔した。思い切ってラインの交換をお願いしてみる。 彼女の名前は「武田世都奈」。LINEのプロフィール画像は、どこかの国の抜けるような青空だった。  八重洲南口に入ってくるバスはJRバスと共同運行会社のバス。それも降車は日本橋口だから、ここでは乗車の扱いしかしていないのに、それでもほぼ常にバスと人は飽和状態、乗り場に接する車線の外側の車線にもバスが停まっている。LINEを交換するとセツナは、そんなラッシュ状態の乗り場を風のように抜け、紺色のラインの入ったスーパーハイデッカーに乗りこんでいった。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加