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翌日はある貿易会社の説明会があったが、すっぽかした。この程度の会社ならいくらでも見つかる。スカイクリスタルが消えた今、すぐに体制を立て直さなければならない。パソコンを開き、現在残っている会社をチェックする。多い時は選考中企業が30社以上あったが、今は15社。エントリーしている会社は自分の中でランク付けしていた。別格のSランクである関空は除いて、特Aランクのスカイクリスタルが消えた今、陣容は心もとない。Aランクは、あと3社ある。どうする?Bランクから何か昇格させるか。いや新しいところを探した方がよさそうだ。
いろいろ検索していると、スマホからLINEの通知音が聞こえた。
セツナだった。今、東北地方のインフラ系企業の説明会中らしい。返信すると一瞬でまた返信が来る。説明会には集中していないようだ。
「人事担当が会社パンフレット棒読みしているだけ。完全に時間のムダ」
「隣の奴が、いちいちうなずいていて、超うざい。」
説明会にたまにいるタイプ。想像がつく。傾向として座る姿勢はやや前のめり。髪は短め。おそらく眼鏡をかけている。誰かが何かしゃべるたびに「ほー、そうですか」「なるほど!いやぁ、勉強になります」といった感じで、大袈裟にうなずいて見せる。そういうパフォーマンスはやめようよといつもうんざりする。
「もうめんどくさい。帰りたい、ねえ、帰っていいかな?」
返信しようとして、ふと考える。それでいいのだろうか。
自分の価値観を押し付けて、人を否定する人間が嫌いだった。身の程とか、周りとか、落としどころとか。
でも、それも生き方だ。いちいちうなずいている学生は、たとえ演技であったとしても、就職活動という戦いで結果を出すために、思いつく最善の方法を選択しているのだ。「世界で」とか「熱い心を」とか騒いで、それが見えない人間を否定する。自分に酔いしれているだけで、何も結果を出していないのに。結局は自分が嫌いだと言った人間に自分自身がなっているのではないか。実は醜いのはこちらではないのだろうか。
迷った末にメッセージを送る。
「そんなの。帰っちゃえばいいんじゃない。」
そうだ。大丈夫だ。セツナはしっかりしている。旧帝大で、キャリアも実力も申し分ない。きっと結果はついてくる。茶番に付き合う必要はない。そう言い聞かせる。自分にも。
セツナとは東京以来連絡を取るようになった。内容は主にお互いの戦況報告、といってもセツナはまだ7社しか受けていない。自分が本当に行きたい会社だけ受けるスタイルらしい。かっこいいと思う。とにかく精神的安定のために内定を求めている自分とは違う。
次に会えるとしたらGlobel Densitnationsの二次面接。楽しみにだった。
しかし、面接の三日後に受け取ったメールは不合格通知だった。セツナに聞くとそちらも不合格。意外だった。分からなくなる、テストでも完全に決まったと思う瞬間がある。準備していたことを完璧に解答用紙に叩きこんだ爽快感。その感覚が外れたことはほぼない。
面接とは何なのだろう。いくら素直な思いをぶつけたとしても相手がどう思うか次第。何をすれば正解なのか見えない。
セツナとももう会えないのか。そう思っていた矢先、東京の同じ会社を受けていることが分かった。Atlantis Filmsという外資系の映画配給会社。就職サイトでの志望者約8500人、書類選考にレポート課題、オンラインの筆記試験を経て、今回の東京での四次試験が面接。もう50人くらいに絞られているようだ。その50人に自分もセツナも残っていた。相変わらず面接以外では落ちる気がしない、
池袋の本社で行なわれた面接試験は1対1の個人面接。他の学生がいない分、駆け引きもなくて話しやすいと思う。デメリットは常に自分が答えるので考える時間がないこと。面接官は初老の小柄な人物。物腰は丁寧で、威圧感がなく話しやすかった。
「君は映画会社のほかに運輸系を志望しているね。全く違うような業種のような気がするんだけど・・・。」
エントリーシートには、他の志望企業を書く欄がある。「御社しか興味ないので他は受けていません」は現実感なさすぎてアウト。他の会社名を書いたうえで、御社が第一志望ですと言えるロジックを構築できるかがカギだ。
「旅行会社や空港で働くことは人々が世界で新しい感動に出会う、その手助けになることです。映画もいろんな国のいろんな人々の生きる物語を、配給という形で伝えることで、世界中の感動をつなぎ、豊かな文化に貢献することになるのではないかと・・・・・・そういう意味で私にとっては志望に一貫性があると考えております。」
「なるほど、そういう意味では確かにつながっているね。いやー、君のようなことを言った人は初めてだよ。私も勉強になったよ。・・・」
自分では筋が通っているつもりで話した。どんなマニュアルにも載っていない自分だけの志望動機。そして面接官も満足げに頷いた。レポート課題についてもよく書けている、すばらしい感性だと言われた。これならかなり自信を持っていいはずだ。やはり作られた志望動機で受けている会社とは手応えが違う。そうか、こういう面接を続けた先に内定があるのか。
セツナは先に面接を終えていた。池袋駅で合流できたのは十五時三十分、まだ時間も早いので横浜まで行って見ようかということになる。山手線で渋谷に行き、東急東横線へ乗り換え。昔から時刻表を見るのが好きだった。行ったことのない場所でも路線図が頭に入っているのが特技だ。ライバルは、ナビタイムとジョルダンだと思っている。
「どうだった?」
セツナの方から聞いてきた。
「面接官がけっこういい人で、なんか話しやすかった。珍しくミスしてないような気がする。セツナは?」
「んー・・・。なんか私、いつも思った通りのことを言ってしまうんだよね。」
「いいじゃん、思った通りで」
「やっぱりだめでしょ、そんなの。まあ自分でだめだと思ってないから言っちゃうんだろうけどね。」
そう言って少しだけ悲しそうに笑った。
「大して夢もないのに、取り繕って面接官受けのいい答え並べてる奴がどんどん受かっていく。世の中間違ってるよな。」
「そうだよね。今日は食品業界、明日は金融業界、その次は小売業界、周りはみんなそうだな。別にその業界が悪いって言ってるんじゃないよ。そこに行きたいっていう夢があればもちろんいいと思うんだけどね。特にこだわりがないのってどうなんだろう。でもきっとそうやって頑張って、好きでもない会社回れる人の方が偉いんだよ。」
そう、きっとそうなんだ。「これが僕の夢です。」とか言うよりも、相手に合わせられる方が、きっと企業からすれば「使いやすい」のだろう。
路線図は分かっていても駅が広すぎて道に迷う。日本のサグラダファミリアと言われる横浜駅恐るべしだ。ナビタイムの力を借りて、中華街まで辿りつく。日本人でもなんとなくほっとする風景。そして共感できるセツナが一緒。食事をしながら、お互いの今までを語り合う。
「一也って、昔から勉強できたんでしょ。私はいつもテスト前夜勝負だったな。」
体力もある方ではなかったし、飲み込みもいい方ではなかったと自分では思っている。一夜漬けでは勝てない。たどりついたスタイルは、テスト前日もテストが終わった日も同じ時間勉強すること。実力で劣るのに勝とうと思えば、相手がブレーキを踏んでいる間にアクセルを踏むしかない。
「テストの前日は、そんなに勉強しなかったかも。それよりも、集中を高めるためにいろいろやっていたな。」
「何それ。教えて。」
あまり人に言ったことはない。定期テストや模試の時は、まず自分の中でイメージソングと大会名を決める。「○○チャレンジカップ20XX」とかそんな感じ。
前夜は出陣記念式典と題して、一人部屋で儀式を行った。灯りを暗くして香を焚き瞑想、イメージソングを一曲聴いて、詩をしたためる。ちなみに大学入試の時は、刺し違える覚悟で、辞世の句を詠んでから会場に向かった。自分を極限まで高め、追い込んだ。
こんなこと話したら気持ち悪がられるかもしれないと思いつつ、促されるまま話し続けた。
「すごくいいと思う。私もやってみようかな」
ありのままを分かってくれるうれしさで、ついつい話しこんでいたようだ。気がついたらもうすぐ八時になるところだった。今から東京駅まで戻れば夜行バスにちょうどいいくらいかもしれない。
「もうマリンタワー行く時間ないね。」
残念そうにセツナが言う。
「そうだね。横浜駅からここまでけっこうかかったもんね。」
「また・・・、来れるよね。」
「きっと来れるよ。またその時に会おう」
こっちは京都や大阪に比べても一段も二段もラッシュがすごい。帰りの横浜駅は会社帰りのサラリーマンやOL風の人々でごった返している。日本のサグラダファミリアで、ゆっくり案内表示を探していることもできない。人の波におぼれてはぐれないように自然とセツナと手をつなぐ。
二回目の東京駅八重洲口の別れ。勇気を出して言ってみる。
「ねえ、2人とも就活が終わったら、リクルートスーツじゃないセツナに会いたい。」
「そうだね。そうしよう。それを目標にがんばれそう。」
バスは首都高からいつしか東名高速にのった。カーテンの向こうをハイウェイの光が駆けぬける。セツナも今ごろ同じような景色の中を走っているだろう。もう寝たかな。LINEしてみようか。さっき別れたばっかりで「今日は楽しかった」なんて送るのもどうかな。
心地よいハイウェイの揺れに身を委ねて目を閉じ、走り行く先に心の風景を重ねる。時々目を閉じてこんな空想をすることがある。今走っているこの道が東名高速ではなくて、もっと遠い遠い、いくつもの国境の果て。そう、5000マイルの時空を超えたヨーロッパの小さな田舎町の夜明け。仰ぎ見る紫色の空、透き通った夜明けの空気を霧が潤し、人々の営みを呼び覚ます。ゆったりと流れゆく運河に架る重厚な石造りの橋を渡ると、中世の面影を残す美しい街並みが続く。家々の窓に朝の灯りが入りはじめると、光がお互いを呼び合い、やがて昇る太陽を迎える幻想的な光景が広がる。想像の中でしか出会うことの許されない懐かしい景色。この世界に在る限り、いつかは出会えると信じたい。
まもなく最初の休憩地の足柄サービスエリアだった。あと何度傷つけば、あと何度戦えば、この道は未来につながってゆくのだろうか。
翌朝、学校のパソコンでいつもの就職サイトにログインする。
「志望企業からのメッセージ 1件」
緊張が走る。受信トレイを開いた瞬間、絶望がふくらみはじめる。メッセージを開かなくても分かることがある。大概試験に通過した時は次回選考の予約フォームが添付で付いているから、それですぐに分かる。予約フォームがついているということはすなわち、生き残り、また戦えるということを意味する。
そして何も添付のついていないメッセージを開く。
先日は当社新卒採用選考にお越しくださいましてありがとうございました
慎重に選考を重ねました結果、残念ながら今回は御縁がありませんでした。
今後の御活躍を期待します。
株式会社アトランティスフィルムズ 人事部新卒採用チーム
頭が混乱する。いやいやちょっと待ってよ。ちょっと待って、だからちょっと待ってよ。だから何よこれ、なんでなんで。ちゃんとやったじゃない、ねえ。今後の御活躍とか、そういうのいらないから。
しばらくして現実が分かるようになると、自分はもう二度とあのオフィスに入ることさえないんだっていう現実が頭の中を浸食しはじめる。
「実は関空が第一志望です」なんてまさか言っていない。あんなに手応えもあった。課題もクリアした。そして夢もあった。
相応の疲れも顧みず夜行バスで行ったのに、そんな苦行も無に帰した。いくらもがいてみても所詮、たった3行の「御縁がありませんでした」メールで終わる戦い。
もう何も信じられなかった。自信はあった。スカイクリスタルはものすごく痛かったけど、ただ最後の一縷の救いは落ちて当然だと分かるような面接だったということ。でも今回は自信があってもダメだった。これが通用しないなら、もう自分には何が出来るだろうか。不安という大洋の中で、孤島みたいに顔を出していた自信さえも沈んで消えていくようだ。
切り替えなければいけない。来週には関空の筆記試験がある。大丈夫だ。まだ何も終わっていない。
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