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思いのほか穏やかなうえに清らかな川であった。こんなに美しいのにも関わらず、時々ドブの匂いがする。そのちぐはぐな感じに、加賀は不気味さを覚えた。
指先で水と戯れたり、木の棒で川の底をつついたりして時間を潰す。気の早い蝉の声が聞こえたところで、昼が近いことを悟った加賀は木の棒をその辺に投げ捨てた。
人の声も気配もない。近所の人にもはじめの挨拶以来会っていない。加賀自身が望んで人を避けてきたはずなのに、一抹の虚しさを抱えてしまったような気がしていた。滲む汗を手の甲で拭い引き返す。
砂利に足を取られながら登った坂の上には、ひらひらと手を振って迎え入れる和泉の姿があった。不愛想な友が彼なりに救いの手を差し伸べようとしてくれる姿が、加賀にとっては唯一の助けである様な気がした。
「おかえり」
「ただいま、なかなか普通の川だったよ」
「そうか、普通だったか」
冷蔵庫から三日前に買っておいた冷やし中華を取り出しながら、せっかく畑があるのだからトマトやキュウリを作ったらどうだろうと二人は計画を立てた。そうしたらさぞかし冷やし中華がうまくなるだろう、と和泉は頷く。湯気が立った鍋に麺をいれ、二人でそれを覗き込む。湯の中で踊る麺を見ているのはなんだか不思議な気分だった。
加賀と和泉は元々、特別仲が良かったわけではない。友達の友達といった関係だった。彼らの関係を親友にした事件があったのだ。事件と言っても互いにそのような認識はなく、ただ和泉が苦労した時に隣にいたのが加賀だった。加賀は恩を着せるつもりなどなかったし、和泉もどうにかして礼がしたかったわけでもない。しかし、疲れ果てた加賀に偶然にも休息の地を与えることが出来たのが和泉だった。ただそれだけなのだ。
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