4人が本棚に入れています
本棚に追加
彼がこの3年で出している動画は300曲を超えている。私が産まれる前の歌や新しい歌まで、高い声や低い声、そのどれもが本当に素敵で何度聴いても心に響いて、全ての歌の途中で必ず入る彼の一言だけのメッセージは私を元気付けて勇気づけてくれていた。
まるで誰かに語り掛けるような本当に優しい口調……。時々、いや……いつも思ってる。
「TaKeRuは誰の事を想ってるのか……」と。
いつも語り掛ける口調だけどその時TaKeRuは心に思い描いてる人が居るのかな? なんて思う事がある。どこに住んでる人で好きな人は居るのかなとか、どこで働いて居るのかなとか、ファンとしてTaKeRuの事が好きなはずだけど声を聴いているとすごくドキドキする。
──まるで、本当に恋をしているみたい──
彼の動画の説明欄には、歌のタイトルと歌ってる歌手の名前や歌に込められた想い等が書かれてあって、彼の事は一切書かれない。
だから本当に謎めいていて、声を聴けば聴くほど本物を見てみたいという気持ちが溢れる。
どんな人なんだろう?
背は高いのかな? 低いのかな?
知りたい事が沢山あって、私の彼に対する想いは何だかストーカーみたいで……ちょっとだけ自分が気持ち悪くなる。
それでも、彼の事を少しでも知れたら……。
「……んーっ……と。はぁ……戻ろ……」
TaKeRuの歌を聴いて涙も流しきってから、私は会社の屋上のベンチから腰をあげる。澄み渡った青い空を見上げて半分残したお弁当を包み屋上を後にする。
最近じゃまた仕事が手に付かない。失敗したらどうしようっていう不安があって何回も確認をするから時間が掛かる。そのせいで今度は仕事が遅いって怒られるんだけど……。
「貴様! ヤル気があるのか!」
「……ひぇっ……な、何……?」
扉の向こうから聞こえてきた怒号に体がビクンと跳ねる。私を怒る声より遥かに大きくて、廊下にまで響いている。
恐る恐る中に入ると部長の席の前に男の人が一人立っていた。
もっさりした髪に長い前髪で目元が隠れていて、ほとんど話さないから気味悪がられてる人だ。確か名前は……毒島さんだ。
「すみません……」
「これで何度目だ!? 確認しないからこんな事になるんだろうが!! 少しは反省したらどうなんだっ!!」
「……すみません」
何かやらかしたのだろう。私より怒られている頻度は高い気がする。
「あ、瑞希さん。あの人またやらかしたって」
「何しちゃったんですか?」
「なんか渡されたデータと全く違う数値を入力してそれを確認も取らずに相手先に送信したらしいの。しかもそれもう取り下げ出来ないから大赤字みたいよ」
「うわぁ……大変ですね……確かこの間も──」
「貴様会社を舐めてるのか? これだけ大損害を出されちゃ敵わん! 暫く謹慎処分だ!」
「……っ……分かり、ました……」
結構ご立腹な部長のせいで社内の空気はピリピリした地獄のような空間だった。物音も話し声もない、パソコンのキーボード音だけが聞こえてくる。
「ん? おい! 冴島!」
「は、はい!」
「先方に連絡は入れたのか?」
「え、あ……っ! すみません! すぐ連絡入れます!」
「何だと!? さっさと連絡入れろ!」
私に注目が集まる。そんな中、毒島さんはカバンを持ってオフィスを後にした。
最初のコメントを投稿しよう!