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地獄のような息の詰まる仕事が終わり、私は帰り支度を始める。携帯を見ると新着のお知らせが来ていた。
「あれ……。TaKeRuの動画が上がってる……?」
それは少しおかしな事だった。
TaKeRuは平日のお昼すぎには動画を出さない。土日とか平日の夜が多いからだ。
新着に来ていた動画の説明……。
「anger……怒り?」
私は足早にオフィスを出るとその足で家路を急ぐ。TaKeRuの動画を全部見ている私は知っている。この怒りというタイトルは初めての事だ。
「何があったの……? タケル……」
会社から近いアパートへ急ぎ、階段を登る。部屋の鍵を開けてすぐパンプスを脱ぎ捨てて、私は動画アプリを開いた。
動画に説明がない。これも初めてだ……。
「どうしたんだろう……」
私は動画を、再生した。
「……こんにちは。TaKeRuです。こうやって動画で話すのは初めてですね、でも歌える気分じゃなくて少し俺の話を聞いて下さい」
それは歌声ではない彼自身の声だった。字幕もなくて、すぐ撮ったって感じのものだ。
「俺、会社で働いてるんですけど、サラリーマンです。毎日満員電車乗って会社行って仕事してます。けど最近俺の仕事の邪魔をしてくる人が居て困ってるんですよね。USBのデータ消したり、俺の作った書類ですよね、それを書き換えて勝手に相手先に送信したりとか? そのせいで俺今日すげぇ怒られたんですよね」
動画内の彼の口調はいつもと違っていた。本当に怒ってるんだと分かる。
「まあでも誰がやったかなんて分からないし、他人のせいにした所で犯人が分からなきゃ証拠がなきゃ言い訳って言われるし、社会人としても舐められるんですよ。だからすみませんって謝ることしか出来なくて……。でも今日とうとう謹慎処分って言われて、流石にやった奴らに腹立ちますよ。多分笑ってんだと思います。そんなに俺が邪魔なんですかね? もう嫌です」
そう口にした後沈黙があって、嗚咽のような声が聞こえて来た。そのまま動画は止まってしまった。怒りと悲しみ……。胸が痛む。
「TaKeRu……貴方は悪くない、悪くないよ。大丈夫だよ、きっと誤解も解けて謹慎処分はすぐに……。ん? 謹慎処分? 確かあの人も……」
ふと、毒島さんの事が脳裏をよぎる。こんな偶然って、ある? 彼と連絡が取りたい。不思議とそう思った。
「毒島さん……か。話した事ないけど、あの人大丈夫だったのかな」
私は後輩に連絡を入れて毒島さんの連絡先を聞き出してみることにした。だけど彼と電話やメールの交換をしている人は居ないらしい。
「こうなったら……部長か」
私は部長にメールを入れて彼の連絡先を聞いてみた。すると……。
『毒島の? 別に構わん。教えてやる』
そんなメッセージの後に彼の電話番号が送られてきた。私はその番号を登録して、通話を押した。確認メッセージが表示された瞬間鼓動が速くなる。男の人に連絡なんてしないから、それも滅多に話さない毒島さん。変な人だと思われたら仕方ない、そんな思いで「はい」を選択した。
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