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第1話 CRY
「何でお前はそうなんだ!」
──バンッ!
「っ……すみません。今度は気を付けます」
「今度は今度はってまた同じことやらかすんだろ! もういい、仕事に戻れ」
「……本当にすみませんでした……」
上司に怒られるのは慣れているつもりだ。悪いのは私でそんな事分かってはいるのに……。それでも上司に怒られると気が沈む。
「はぁ……もうお昼か……。TaKeRuに癒してもらおう……」
今人気を集めているYauTuberのTaKeRu、彼の動画に出会ったのは3年程前のことだった。数字を書く欄を一つ間違えて発注書を提出してしまったため、大損害を叩き出してしまった事があった。その時は何とか返品という形で難を逃れ、取引先の方もすごく良い人だったから助かったけれど……上司にはこっぴどく怒られた。
仕事中もその事ばかり頭を巡って何も手につかなくて、そんな私を見兼ねた当時の部長が早退させた。会社を出ると涙が零れて、止まらなくなってしまった。公園に立ち寄ってベンチで泣いて、少しして落ち着いた頃何気なく動画アプリを開いたのだ。
その一番上にあったのがTaKeRuの動画だった。「Cry」というタイトルにギターを持った男の人、顔は出ていなかったけど、それを何気なしに開いてみたのが、始まりだった。
動画では彼は喋らない。挨拶なんかは字幕で流れていた。流れるのは彼の弾き語りだ。
既存の歌をアレンジを加えて歌うTaKeRu、優しい歌声や繊細で透き通った声、ハイトーンボイス……その全てに、「恋」をした。コメント機能はオフにされていてメッセージを送ることは出来なかった。
ただ、男らしい指先で奏でられる繊細なメロディーと透き通る優しい声が私を癒してくれた。それからずっと、私はTaKeRuのファンだ。
歌を出している歌手ではなさそうだし恐らくは一般のすごく素敵な男性なんだと思う。歌っている彼のコーディネートは決まってGパンとパーカー、首にはヘッドフォンが掛けられてあって部屋はシックな感じだ。多分彼自身の部屋なんだろうなって思う。
泣きたい時に聞いて欲しい、そんな彼の想いが込められたタイトル「Cry」
声の優しさと歌詞に胸をぎゅっと掴まれて、ズキズキとする痛みと共に切なさを感じて耳元で聴こえる歌声や息遣いに安らぎを求めて、胸がいっぱいになると涙が流れていく。
「Cry」の途中彼の声が一言だけ入る。
「泣いてもいいんだよ。君は頑張ってるよ」
そのメッセージを聞くと私はいつも泣いてしまうのだった。
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