かたゆふぐれ

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かたゆふぐれ

やぁ、煙草問屋の(かなめ)が、まーた猫なんか抱えてらぁ 似合わねぇ 似合わねぇなぁ でっけぇくせにな なぁ 仕事はどうした 仕事もせんと、猫抱えて歩きよる 頭いかれたんちゃうか いかれとる いかれとるわ 飽きもせんと、猫ばっかり構いよる 猫いかれや  近所に住む少年らが五人ほど、鼎の横を嘲笑いながら走り過ぎていく。  鼎の腕の中には、おとなしく抱かれた三毛猫がいる。鼎は大きすぎる体をかがめて、なるべく目立たないようにあぜ道を速足で社へ向かっていた。猫のひげがひくひくと動く。鼎は猫の温かさを腕で感じながら、実りの手前の稲の群れの中をただ速足で進んだ。  仕事はしていないわけではない。仕事の傍ら、猫の世話をしている。事実をあの少年らにぶちまけたところで何になる、むなしいだけだ。ただ十も離れていないだろう少年らに揶揄われて躱せるほど、鼎は老成もしていなかった。恥ずかしさと、少々の怒りと、やり場のない焦りが腹の中に渦を巻いていた。  町隣の田畑の並びの中に、この辺りで一番大きな神社がある。八幡神社、と鳥居の額に書かれている。鳥居の手前で立ち止まった鼎は、軽く会釈をして神域に踏み入った。  この猫との生活は、かれこれ三月ほど続いている。始まりは突然、水田の稲が少し伸びたくらいの時だった。  最初、猫になにをやればいいのかすら分からなかった。もちろん、ネズミなど獲らない猫だ。お嬢さん育ちなのだから。とりあえず、鼎は米に柔らかくした煮干しを混ぜてやった。お上品ではないその食べ物を、猫は鼻先で確かめた後、カツカツと食べた。 「ミケさん、美味しいですか」  鼎は聞いてみた。猫はにゃあとも言わず、皿に飯だけを少し残し、部屋の端に移動して寝転んだ。猫の目が細く満足そうだ。鼎はその顔を複雑な気持ちで見て、床に置いた皿を片付けたのだった。煮干しの匂いが、残された米から漂ってきた。
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