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神社の賽銭箱に投げ入れた銭の音が、むなしく響く。こんな不可思議なことを起こしたのは、正に神であろうから、神に願うこと自体が間違っているのではないか。しかし、毎日神社に詣でることは、榮子の父母に誓ったのだから、その誓いだけは違えてはいけない、と固く思っていた。鼎は神社の格子戸の向こうに見える鏡の反射を、ぼんやりと見つめた。それから、かぶりを振って、社殿前の階段に腰を下ろした。
腕の中の猫が体をよじって、ひょいと飛び降りた。そして、鼎の隣に来て座る。これは、あの日榮子が消えたのと同じ並びだった。毎日同じところにこの猫は座る。鼎に触れるかどうかの位置。だというのに、猫の温かさが着物越しに分かるのだから不思議だ。この猫は確かに此の世のもの。だから、鼎は微かな希望を持ってここに来られているのだ。
榮子さん、と心の中で妻になるはずだった人の名前を呼んだ。
口に出していないのに、猫がにゃぁんと返事をした。
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