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昨年の初夏。兄が死んだとの知らせを受け、鼎が家へ戻れた時には兄、良治の葬儀は済んでいた。享年二十五歳であった。確かに病弱な兄ではあったが、ここ数年、それほど大きな病気で寝込むこともなくなっていた。それがまさか、前触れもなく冬の風邪をこじらせ、あっけなく逝ってしまうとは。鼎は夢にも思っていなかった。
地方の小さな商人の家に生まれた鼎は、自分が後継ぎではないということで、東京の士官学校へ通っていた。しかし、兄がいなくなれば家を継ぐのは自分しかいない。葬儀の後すぐに、鼎は士官学校を辞め田舎に戻ることになった。そしてほどなくして、兄の許嫁であった榮子との結婚が持ち上がった。
兄が亡くなって一年。さすがに盆は過ぎてからがよいだろう、と決めたのは鼎と榮子ではなく、両家の親や親せきであった。鼎はそれをどこか他人事のように感じていた。ただ両家が、秋、と決めた婚礼の日が着々と迫ってくるだけだった。
その日が近づくにつれ、鼎は落ち着かなくなった。兄と結婚する、と思っていた女性である。義姉となるはずだった榮子との結婚生活を、鼎は全く想像することができなかった。
四十九日が過ぎたくらいに、顔合わせを、ということになり、鼎の家へ榮子がやってきた。父母と共に、店先の暖簾をくぐった榮子はすっかり大人になっていた。榮子の父母は、鼎も幼い頃から世話になっている人たちで、少し髪に白いものが混じり始めていた。二人に挨拶をした後、鼎は榮子の前に立った。お久しぶりです、榮子さん、と口にするのが精いっぱいだった。人当たりのよかった兄、良治と違い、鼎は無口で不愛想な男だった。本人もそれを自覚しているからこそ、商売には向いていないと思っていた。
榮子が鼎を見上げた。榮子の二つ下の幼馴染は、顔の面影はともかく、体つきはすっかり変わってしまっていた。彼が上京する前は同じくらいだった目線は、もう、かなり見上げないといけなかった。肩はばといい、たたずまいと言い、死んでしまった良治との共通点はなかった。
榮子は何度か瞬きした。
「鼎さん、あまりにお変わりになって……いいえ、嫌味ではありませんの。私、鼎さんの小さい頃ばかり思い出しておりましたから、こんなにご立派になられているなんて。ちっとも存じあげなくて」
榮子の父が、その言葉を窘めた。榮子は、あら、ごめんなさいと口にしつつも、鼎を不躾なほど暫く見つめていた。家に戻ってから日々、仕事の勉強ばかり。士官学校に通っていた時よりも少しばかり体が細くなったと感じていた鼎は、その視線が恥ずかしかった。
「どうぞ、お上がりください」
鼎は三人を、座敷の方へ案内した。まっすぐに榮子を見られなかったせいで、彼女の薄青い着物と細い首すじばかり、瞼に残っていた。
榮子は鼎の記憶の中の榮子であった。幼さが薄らいでいるものの、鼎よりも小さく、兄の嫁になるはずだった人だとは思えなかった。榮子が、生前の兄と並んでいるところを容易に想像できてしまう。兄は父とそっくりだった。だから、この先も、兄が年を取るとこうなるだろう、と予想できる。その兄と自分の妻である榮子が並んでいるところを想像してしまうだろう。そう思うと、榮子と夫婦になることは、鼎には苦痛であった。
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