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顔合わせ以降、榮子と鼎は時折、ともに出かけた。両親に行けと言われれば、断る言葉はない。
行き先は特に決まっていない。どちらも行き先を希望することもない。それなのに、自然と町はずれの八幡神社に着いてしまうのは、二人が良治に遊びに連れて行ってもらった場所だったからかもしれない。鼎の背の方で、榮子がついてくる気配がする。
その日、榮子は機嫌が悪かった。八幡神社の社前の階段に榮子は座った。
「いつもわたくしに遠慮なさるのね。鼎さんの心がどこにおありなのか、ひとつも分かりませんわ」
「いえ、遠慮など。ただ、榮子さんは兄さんと夫婦になるはずだったでしょう。自分はあなたのことを義姉だと思っておりましたので、まだ気持ちが付いていかないのです。いえ、失礼申し上げました」
「左様ですか」
榮子はツンとして、鼎から顔をそむけた。悔しさとも悲しさともつかない、ただ、鼎の心の中には榮子の敵わない榮子が存在しているのだと思った。榮子の幻影が鼎の心を奪っているのだった。
「わたくしたちが、夫婦になるのですよ。それなのに、鼎さんは良治さんのことばかり気になさって。ねえ、鼎さん。良治さんは亡くなったのよ」
榮子の声が震えている。怒らせている、と鼎は感じたが、何と答えればいいのかも分からなかった。先日、榮子と一緒に訪れた八幡さんで、兄に言い訳ばかりしていた。これから先、榮子と暮らしていく日々が平穏であることを願えなかった。
ふと、隣に座っていたはずの榮子の気配が薄くなった気がした。鼎が榮子の方を向くと、榮子の着ていた着物が畳まれもせず、くしゃりといた。帯も、草履も、突然消えた持ち主に戸惑っているようだった。
「……榮子さん」
鼎はおそるおそる、榮子の名を呼んだ。すると、着物がもぞもぞと動いて、中から一匹の三毛猫が出てきた。その猫は、黄色い目をまっすぐに鼎の方に向けて、凛とした声で鳴いた。
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