5人が本棚に入れています
本棚に追加
突然榮子が消えたことは周囲には伏せられ、家で寝込んでいるということになった。鼎は榮子を失った代わりに、三毛猫を一匹飼いはじめた。あの時着物の中から出てきた猫だ。当然榮子、と呼べるわけがない。鼎はその猫をミケと呼んだ。
勿論、家には説明をした、一緒に出掛けたはずの榮子の姿が突然消え、着物だけ残り、中から猫が出てきたことを。当たり前のことだが、榮子の家からも自分の家からも、酷く叱責された。彼らは、娘が猫になってしまったなど、到底信じられなかったのだろう。その場にいた鼎ですら、これが榮子であるなど、今でも信じられないのだから。
しかし、猫は神社からの帰り道、しっかりと鼎の後ろをついてきた。腕に抱えた着物からは、まだほんのり残る着物の温かさ、匂いが感じられた。
鼎が怒鳴られている間、猫はじっと鼎の近くに座って、憤る大人たちを細まった瞳孔で静かに見ていた。
榮子の父親が、これが榮子であるはずがない、と叫んだ時だった。
猫はすっくと立ち、すたすたと父の前まで進んだ。大の大人がたじろぐ。なんだ、と言われた猫はにゃあ、と鳴き、父親に何度か身体を擦り付けた。どうしたらいいのかと戸惑う父の隣で、榮子の母が静かに泣きはじめた。
「自分にも、これが本当に榮子さんなのか、未だに信じられない思いです」
鼎は背筋を伸ばして、立ち竦んだ榮子の父を見上げた。
「毎日猫をつれて、八幡さんにお願いに行きます、どうか榮子さんを戻してくださるように。ですから、この猫を自分に預けてくださいませんか」
どうか、お願いしますと、鼎は畳に額をつけた。畳の上には、ただ、猫の足音だけがひそかに滑っていた。
最初のコメントを投稿しよう!