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独白を続ける鼎を、腕の中の猫が見上げていた。
瞳孔は丸く開いていた。昼間だというのに、猫は興奮しているかのようだった。それに気づいていない鼎は、誰ともなしに話し続けた。
「自分は子どもだったので、もしもの時、と兄が言った気持ちが分からなかった。今でも分かっていやしない。でも、兄が頼んだことを別にしても、自分はあなたを大事にしたいと思います。兄のためではなく、もちろん家のためでもない。自分のためです。これは、あなたのためですらないかもしれない、それが酷く苦しい」
そう言って、鼎は息を吐いた。自分の気持ちを言葉にするのは苦手だった。自然と眉が寄る、その時だった。
急に膝ににかかる重さが増して、鼎の腕が押し広げられた。何事かと見ずとも、鼎の顎には艶やかな黒髪が迫っている。
「鼎さん、わたくしのこと、好きになってくださるの?」
腕の中にあったのは、猫ではなく人間の女の身体だった。鼎は人間の目になった榮子の顔を見た。その視線を顔でないところに向けた直後、榮子の身体が、何にも覆われていないことに気づいた。
「ああああの、申し訳ないが、私の上から降りてくださいっ。着物、何か、き、着ないと」
鼎は真っ赤な顔になり、逆に榮子は平然としている。
裸体のまま、鼎の身体から離れ、すっと立った。鼎は急いで自分の帯を解き、脱いだ着物で榮子を包んだ。
「本当に申し訳ない。今は私の着物しかないので、このまま急いで榮子さんの家に行きましょう。元に戻ってよかった。ああそうだ、おじさんたちに、あなたが帰ってきたことをお伝えしなければ」
鼎はそう言いながら、辺りを見渡した。こんな姿の榮子を誰かに見せるわけにはいかない。
狼狽える鼎とは逆に、榮子は酷く落ち着いていた。
榮子は自分の首元に手をやって、着物の中に包まれてしまった長い髪を引きずり出した。普段、整然とまとめられた髪。彼女の腰まで伸びた美しい黒髪が鼎の着物に触れる。
榮子が自分を見上げてくるのが分かったが、鼎は彼女をまっすぐ見ることができなかった。
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