魔女と痩せた黒猫

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 翌朝、俺はいつもよりも早めに家を出て裏道を通ったけれど、魔女は現れなかった。  放課後も、次の日も、その次の日も、魔女は現れなかった。 『魔女は、何でもお見通し、なんてね』  古びたブランコに腰掛けて、小悪魔のように笑う魔女の姿が脳裏に浮かぶ。 「人を待ち伏せした次は、待惚かよ…」  十月三十日。ハロウィーンの前日。  朝から学校をサボって、ずっとブランコに乗っていたせいで、途中で気持ち悪くなったりもした。  薄暗くなった空に目をやって、袖口をずらして時計を見る。  五時半。時間の感覚が、わからなくなった。  いつのまにか日は暮れ、黄ばんだ蛍光灯がチカチカとして、ぽつりと明かりを灯した時、ひゅうっと風が俺の前を通りすぎた。 「こんばんわ」  魔女だった。前と同じセーラー服姿が、薄暗い街灯に浮かび上がった。 「おせーよ。待ちくたびれた」  靴底が砂をかすって、ブランコを止めた。 「だって、柚木くん、あたしに会いたくないって思ってたでしょ?」 「…何でもお見通し、ってか?」  …どーしょーもねぇじゃん。俺の、未来がかかってんだからさ…。 「だって、魔女だもん」  魔女が曖昧な笑みを浮かべた。 「それで、ここで待ってたっていう事は、継続するって取っていいの?」 「…ああ。情けねーな…」  頷いて、俺は苦笑して呟いた。 「俺は俺で、今も昔も関係ねぇ、とか言えればカッコいいのにさ…。情けねぇよ。魔女の力を借りて、人の不幸を踏み台にしてまで伸し上がりたいなんてさ…」  それでも、まだ力を捨てようとしていない俺が、死ぬほど情けなかった…。  何が、そんなに俺をサッカーに執着させるんだろう。たしかに、シュートが決まれば嬉しいし、勝った時はもっと嬉しい。  コートに立って、敵の中を突っ切っていく高潮感…俺は、コートに立ちたい! いつか、大きなスタジアムに立ちたい!  組んだ指に力が入って、俯いていた俺の視界に、魔女の細い足首が飛び込んできた。 「…継続と効力の証として…」  驚いて顔を上げた俺の首に、するり、と細い腕が絡みつく。思わず目を見開く俺の唇に、魔女の唇が重なった。  …冷たい、唇…。  唇に歯の感触が伝わってきて、鈍い痛みと共に、血の味が口の中に広がる。  唇、噛まれた! ? 「あなたの血を、もらったわ。キスは契約と効力の証の儀式。魔女は契約者から血液をもらい、それを我が主、魔王様に捧げて魔力を頂くの。あなた一人、気にすることはないわ。すべて、ギブアンドテイクで成り立っているのだから…」  顔を放した魔女が、妖艶な笑みを浮かべながら、唇についた俺の血をペロリと嘗めた。 「効力の有効は一年間。魔王様から頂く魔力も一年間。だから、また来年逢いにくる。あなたの望みを、叶えるために」  艶やかな嘲笑。[魔]の力が宿る、魔性そのものの笑み。  今更ながら、ぞっとした。俺は、魔女と契約したんだ、と…。 「なんて顔してるの?後悔?ショック?それとも…あたしが、恐いの?」  くすくす。答えを期待していない問いを投げ掛けて、魔女は二、三歩後へ下がった。 「また、来年ね。ばいばい、柚木くん」  くるりと踵を返したとたん、魔女の姿は闇に飲まれたように消えた。  …本物の、魔女だ…。  口の中には微かな血の味と、鈍い痛み――契約の証が、残っていた…。
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