世界中のねこたちが一度に鳴いたら

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 それは小さな町の路地裏から始まりました。  小さな小さな茶トラの猫が、ビルの間に差すお日様の光を見てあくびをしてから一言鳴いたのです。 「にゃー」  赤信号で止まる車のエンジン音に、あくせくした道ゆく人々の雑踏に、産まれたばかりの赤ちゃんのくしゃみに、風が揺らす木々の音にもかき消されそうな小さな小さな鳴き声でした。  その声を聞いて、小さな小さな茶トラの猫の後ろのフェンスの上にいた大きなキジトラの猫も鳴きました。  次に、大きなキジトラの猫を見上げていた黒猫のカップルも鳴きました。  すると、黒猫のカップルの様子をひだまりで見ていたこのあたりのボスのハチワレの猫も鳴きました。  それをみて、ハチワレの猫の鍵尻尾にちょっかいを出していたみんなの憧れの白い猫も鳴きました。  そして白い猫の美しい毛並みを部屋の中から眺めていた、まるまる太った三毛猫も鳴きました。  人間達はそれはそれはびっくり。  いつの間にか町中の猫達が鳴き始めたのです。  路地裏から、停まっている車の下から、塀の上から、お家の中から、それはもうそこら中から猫の鳴き声が聞こえます。  その鳴き声は次々に大きくなっていきます。  でも聞いていても不思議と嫌な気分にはなりません。  むしろ、胸の中が温まる様な、そんな優しい鳴き声でした。  さぁ鳴き声はどんどん広まっていきます。  川を越えて丘を越えて、遠くの街で雨やどりをしている猫も鳴き始めました。  海を越えて山を越えて、しんしんと降る雪の中で寒そうに丸まっている猫も鳴き始めました。  空を越えて星を越えて、南の島の木陰で涼んでいる猫も鳴き始めました。  いつまでも鳴き止まない猫達の鳴き声は人間たちのニュースに取り上げられました。  ある人は地震の前触れだと言いました。  ある人は犬達とのたたかいが始まるんだと言いました。  ある人は3000年前の古文書に書かれた伝説の再来だと言いました。  でも街角でインタビューを受けた小さな子供は、きっと猫は楽しく歌っているだけだと言いました。  そして、そのニュースは外国にも伝えられて、ニュースを見た外国の猫たちも一斉に鳴き始めました。  もう世界中が大騒ぎ。  言葉の壁を越えて、文化の違いを越えて、時間を越えて猫達は鳴き始めました。  二階建てバスの上で、世界遺産の街中で、摩天楼の片隅で、とっても大きな城壁の上で、長い長い川のほとりで、高い高い山の上で、砂漠のオアシスの水辺で。  猫の鳴き声は止まることを知らず広がっていきます。  住んでいる場所も年齢も性別も種類も違うのに、みんなその声を聞いて鳴き始めます。  喧嘩をしている人たちの横で、泣いている子供の隣で、病気で苦しんでいるおじいさんのベッドの脇で、悲しみにくれている家族の腕の中で、鉄砲で争っている国の真ん中で。  だれもが猫の声に耳を傾けました。  すると、不思議とみんなの胸の中でその声は響いていきました。  いつの間にか、人間達は喧嘩をやめて、泣き止んで、穏やかな気持ちになって、喜びを探す様になって、争うことをやめました。  猫の声を聞いている時、人間達はただ一つのことを考えていました。   「どうして世界中の猫が鳴いているんだろう?」  でも、誰もその答えを知っている人はいませんでした。  それでも世界中の猫達は鳴くことをやめません。  やがて、世界中に溢れる猫の鳴き声を調べようと、とってもとっても偉い博士が研究に研究を重ね、猫の言葉が分かる機械を開発しました。  人々はその博士を讃えました。  これで猫が鳴いている理由が分かる。  それが分かればまた元の生活に戻ることができる。  でもあれ?何だか嫌なことがあった気もしたけど忘れちゃったな。  そんなことどうだっていいから早くどうして猫が鳴いているのかを教えて。  人々の期待は否が応でも高まります。  そして、全世界が注目する中、博士が機械のスイッチを押しました。  大袈裟な音を立てて、機械は動き始めました。  グルグルと大きなアンテナを回して、ピカピカとカラフルなスイッチを光らせて。  やがて機械の解析結果が出ました。  小さな紙にはこう書かれていました。 「今日はいい気分だにゃ。みんにゃも一緒に歌おうよ」  その頃小さな町の路地裏で。  小さな小さな茶トラの猫が、ビルの間から差すお月様の光を見てあくびをしてから喉をごろごろと鳴らして眠りにつきました。    おしまい
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