エミスフェール

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 何も知らない街では何もやることがなくて、実家に戻っていた夏休みの終わり頃、ようやく後期から一部の科目で対面授業が再開されるという知らせが届いた。学校に行けることをこんなにも嬉しく思ったことは、小・中・高と経験してきて初めてのことだ。下手をすれば大学に受かったときよりも嬉しかったかもしれない。  翌々日、僕は一人で暮らす街へ戻った。後期が始まるまでは、まだ一週間と少しある。やっと通えるようになったのは嬉しいけれど、少しくらいはイメージを膨らませておきたかった。対面授業になるのは週に二回程度しかないとはいえ、やっと大学生らしい過ごし方ができる。一時期は休学も考えていただけに、喜びもひとしおだった。すぐに友達ができる保証なんかどこにもないが、それはきっと他の新入生も同じはずだし、下手をすれば例年よりも作りやすいかもしれない。そう思うと、居ても立っても居られなかった。    僕の大学のキャンパスは、車の入構制限がある以外、基本的に自由に出入りできる。ここの学生になって半年近く経つのに、僕は片手で数える程度にしか足を運んでいなかった。ウイルスが流行り始めた頃はさすがに人の姿もまばらだったそうだけど、今となってはさほど気に留めることもなくなってきたのか、ランニングをする一般市民の姿もみえる。キャンパスの敷地面積は国内屈指の広さだというから、特に不思議な光景でもなかった。  もちろんどこになんの建物があるかもわからないから、スマートフォンで大学のホームページを開きながら、僕はキャンパスの奥の方へと進んでゆく。風が通り抜けてゆくたび、さわさわとカエデの木が葉を揺らしている。青々と茂るすがたを見るのは、来年以降の話になりそうだ。足元には早くも、紅葉して枝から落ちた葉が積もりはじめていた。  やがて、どれだけ歩いたことだろうか。  一応は、一通りの施設の場所には足を運んだはずだ。実家に帰ってからも、友達と遊んだりする以外は実家の自分の部屋で過ごすことが多かったから、久々にかなりの長い時間を外で過ごした。足がぱんぱんになっている。面倒だから今の家でバスタブに湯をためたことはなかったけど、これはさすがに入浴剤のひとつやふたつ、ためた湯の中にぶちこんでもいいかもしれない。  久しぶりに意識して、空を見上げる。少しずつ陽が傾きはじめて、青さが少しずつマイルドな濃さになってきていた。冬に近づくにつれて、陽が落ちるのも早くなった。この空の色が、墨を塗ったように真っ黒になるのも時間の問題だろう。寒くなってきたし。  後期が始まってからも、僕はこの空のことを蓋だとか天井だとかなんとか、そういうこまっしゃくれたことを言い続けるようになるのだろうか。友達がまったくできなければ同じことを言っていそうではあるのだけど、できればそんな未来は訪れてほしくなかった。とはいえ「出会いが財産」とか言うのもうさん臭くて好きではないけども。  まずは大学が始まるまでに、伸びきってそこそこ高値で売れそうなウニみたいになったこの髪を切らないとなあ……と思いながら、僕は頭を掻いた。
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