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【どういうことだ?】
「ふたりの恋は、お嬢様の父親に反対されてたでしょ? だからお嬢様は、恋人と示し合わせて川に流されたふりをしたの。で、町にやってきた恋人も身を投げたふりをするわけ。そうすればみんな、死んだと思うじゃない?」
道の左右に露店が並ぶ中、あたしは前を見てレオンと話しながら歩く。
「そしてお嬢様は恋人とこっそり落ち合った後、遠い町で仲良く暮らしたの。これが真実よ。間違いないわ」
【駆け落ちってことか。しかし、そんな都合よく――】
「あら、素敵なお話ね」
急に女の人の声が割り込んできて、あたしはびっくりする。
振り返ると、品の良い小柄なお婆さんがあたしの後ろに立っていた。
周囲は人が多くて賑やか。
だけどお婆さんのところにまで届いたってことは、あたしの声は思ったより大きかったのかもしれない。
うう、これは広い村で育った弊害かな。
恐縮するあたしを気にすることなく、お婆さんはにこりと微笑む。
「みんなはふたりが亡くなった話を信じてるけれど、あなたは違うの?」
「あ、あの、あたし、昨日この話を聞いたばかりなんです。だから、その、他の人たちと違って馴染みがない分、勝手なこと言っちゃって……」
「そうなのね。でもタナブゥタ川へ来たということは、あなたも恋のお願いはあるのかしら?」
「えーと……はい。都合よくそこだけ信じちゃいました」
あたしは、へへへ、と笑う。
にこやかなお婆さんは微笑んだまま尋ねてきた。
「赤い髪と瞳のお嬢さん。あなたはどんな恋の願いを持っているの?」
お婆さんの声は上品で、問いかけはちっとも下世話な感じがしない。
だからあたしは思わず答えた。
「実はあたし『運命の王子様』に会いたいんです」
あたしだけを深く愛してくれて、あたしもその人だけを愛することができる、『運命の王子様』。
そんな夢物語を信じてるのかって笑われるかと思ったけど、でもお婆さんはゆったりとうなずいた。
「きっと、会えますよ」
「ありがとうございます!」
会えるって言ってもらえたのが嬉しくて、あたしの声は弾む。
その時お婆さんがあたしの後ろを見ながら、小さく手を振った。
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