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村娘は無自覚なまま
タナブゥタの翌日、あたしは次の町へ向けて出発することにした。
この町に居ても、あたしの『運命の王子様』には会えない気がしたから。
もちろんアーヴィンともここでお別れ。
「十分に気を付けるんだよ」
そう言ってくれたアーヴィンの髪が風に揺れる。端麗な顔を彩るのは朝日に透ける褐色の髪。あまりに神秘的なその姿に、あたしは思わず見惚れてしまう。
まるで神様の像みたいな、あたしの自慢の友達。
絶対、幸せになってほしいな。
どうか彼のもとにも『運命のお姫様』が来てくれますように、と願いながら、あたしはアーヴィンを見上げた。
「ねえ、アーヴィン。もしかしたら近いうちに、村はすっごく賑わうかもよ?」
「どうして?」
くふふ、と笑うあたしを見るアーヴィンは、微笑んで首をかしげる。
んもう。どんな姿も本当に絵になるんだからー。
「あのね、アーヴィンはあんまり村の外へ出られないでしょ? だからあたしが代わりに、旅先の町で色んな女の子に『グラス村にはこんな素敵な神官がいるんだよ』って教えて――」
「やめてくれ」
それは周囲の気温が下がるかと思うくらい、冷たくて低い声だった。
険しい灰青の瞳に、いつもの優しい光はどこにもない。人を寄せ付けない厳しさを纏うアーヴィンはまるで知らない人のようで、言葉を失ったあたしは黙って彼を見つめる。
周囲の音さえも消えたような気がする中、はっとしたアーヴィンはようやく微笑んだ。
「ああ、ごめん、ローゼ」
彼の表情はいつも通りに戻るけど、あたしの顔はこわばったまま。それでもアーヴィンは何事もなかったかのように、穏やかな声であたしに言う。
「私はね。ずっとこのまま、村で静かに暮らしていきたいんだ。だから私のことを他所で言う必要はないんだよ」
「……うん」
「さあ、そろそろ行くだろう? 私もグラス村に戻るよ。ローゼの無事をいつも祈っているからね」
アーヴィンはどこから見てもいつも通り。でも何かのきっかけでまた、さっきみたいになったらどうしようってあたしは思ってしまう。
だからあたしは、町で何人もの女の子にアーヴィンの話を聞かせた後なんだと、伝えることができなかった。
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