別れ

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 その日はちらほらと牡丹雪が舞っていた。栃木県のとある人里から少し離れた一軒だけの古民家に、一人の爺さまと一匹の猫が暮らしていた。  爺さまは、今晩の大晦日を過ぎれば御年九十九歳を迎える。  婆さまには先立たれ半世紀が経つ。田舎嫌いだった一人息子は、大学進学を機に早々と村を出て行ってしまった。それっきり疎遠になっていた。  それでも今の爺さまは、共に暮らす猫のおかげで少しも淋しくはなかった。  猫の名はシシトラ。黄味掛かった虎模様の体と、額に三日月に似た特徴的な傷痕を持つ猫である。  (よわい)二四になる老猫であったが、それでも体力はそこらの野良猫に負けていなかった。  三年前の冬に村の基幹道路で倒れていたシシトラを爺さまが助け、それ以来爺さまの家で暮らすようになった。  それまでのシシトラは、人間に飼われたことは勿論、捨てられたり虐待されたこともあった。そんなことを何度も繰り返し、その度に人間と謂う生き物をじっくり観察し、人間社会での生き方を学んできた。
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