15人が本棚に入れています
本棚に追加
その日はちらほらと牡丹雪が舞っていた。栃木県のとある人里から少し離れた一軒だけの古民家に、一人の爺さまと一匹の猫が暮らしていた。
爺さまは、今晩の大晦日を過ぎれば御年九十九歳を迎える。
婆さまには先立たれ半世紀が経つ。田舎嫌いだった一人息子は、大学進学を機に早々と村を出て行ってしまった。それっきり疎遠になっていた。
それでも今の爺さまは、共に暮らす猫のおかげで少しも淋しくはなかった。
猫の名はシシトラ。黄味掛かった虎模様の体と、額に三日月に似た特徴的な傷痕を持つ猫である。
齢二四になる老猫であったが、それでも体力はそこらの野良猫に負けていなかった。
三年前の冬に村の基幹道路で倒れていたシシトラを爺さまが助け、それ以来爺さまの家で暮らすようになった。
それまでのシシトラは、人間に飼われたことは勿論、捨てられたり虐待されたこともあった。そんなことを何度も繰り返し、その度に人間と謂う生き物をじっくり観察し、人間社会での生き方を学んできた。
最初のコメントを投稿しよう!