プロローグ

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「あ゛っぢぃいいい……」  虎之助は、真っ黒な髪に照り付ける太陽をどんよりと、睨み上げた。 「こんの日差し。毎日毎日鉄板の上で焼かれているような気分になるぜ……」 「『タイ焼き』にでもなったの? 今じゃ知ってる奴はほとんどいなくなっちゃった歌だね」  そう返事をしたのは足元を歩く白猫だ。猫は虎之助の影を踏みながら、歌を口ずさむ。  「この猫」がどこから来たのかも、どんな生物なのかも全然知らないけれど、が、人語を喋ったり、虎之助すら知らない昔の歌を知っていたりしないことくらい学がなくてもわかる。もちろんだが、こんなうだるような暑さの中を、それも、比較的足の皮が硬い虎之助でさえ厚底のブーツでなければ歩けない鉄板のような砂の上を、涼しげな顔で歩くこともない。(一度肉球を確認してみたけれど、柔らかいままだった)  つまりこの猫はすこぶる怪しい。  普通、そんな生物に隣を歩かせることなど考えはしないが、この猫にはやってもらうことがある。 「さあ、その素敵な鼻歌歌ってる鼻で、働いておくれ」  そう、虎之助がこいつを隣に置く理由はこれだ。  見た目が猫のせいなのか、こいつは鼻が利く。 鼻が利くというのは、「俺の仕事」にとって極めて重要な能力だ。町の外へ行く仕事を営む者が、現状は少ないとはいっても、いないわけじゃない。昨日あった仕事が今日はないなんてことも、珍しいことではない。  面倒くさそうに猫は鼻をひくつかせた。 「シロ」 「相変わらず、何度聞いても、安直な名前だ。君の肌も白いんだから、君の名前にしたらいいのに」  シロは深いため息をつくと、数分して、ゆっくりと東北の方向を向いた。 「昨日の林はぼちぼち枯れそうだ。そろそろ他の所を開拓したほうがいいかもね」 「OK」  大振りなシャベルを背負い直し、傍らのバイクにまたがった。  日差しよけの青ジャケットのジッパーは上がってるか、砂避けのゴーグルはしっかり装着をできているかを確認する。  軽く2、3度ハンドルをいじり、エンジンをふかしてみると、気持ちいいくらいバイクがうなった。  数メートル離れた家の窓から、怒鳴り声と茶碗が落ちてきて、思わず苦笑してしまう。  荷台部分にシロが飛び乗って、ヘルメットを装着したことを確認し、虎之助は勢いよく地面を蹴った。
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