猫罰

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猫罰

 違和感に気づいた切っ掛けは、寝ているベッドが妙に硬かったからだ。  いつもならごろんと寝返りを打てば、ふわふわの枕と毛布が私を歓迎してくれるはず。それなのに、転がった先にあったのはがさりとした感触。独特なインクの臭いが鼻をついて思わず顔を顰める。毛布なんてものはない。がさがさした紙が床一面に敷き詰められているだけ。これは――新聞紙だろうか。 「えっ……!?」  何かがおかしい。私ははっとして顔を上げた。全身が妙にスースーする。次の瞬間、悲鳴を上げて胸と股間を手で隠していた。  どうして、自分は何も身につけていないのだろう。  どうしてベッドの上ではなく、新聞紙の上に寝かされているのだろう。  どうして、周囲を柵が囲っているのだろう。  どうして、どうして、どうして――檻の外から巨大な顔が私を覗き込んでいるのか。 「にゃ、にゃぁー?」  私を見下ろしているのは、二つの猫の顔だった。茶色のシマシマの猫と、白い顔に黒い模様が入ったハチワレの猫。二対の目が、裸で檻に入れられている私をじいっと見つめているのである。 「な、な、何よあんた達!」  私は金切り声を上げた。昔からただでさえ猫は嫌いだというのに、自分より遥かに巨大な猫なんて冗談にもなりゃしない。 「な、何で人をこんなところに閉じ込めてるのよ!出しなさいよ!て、ていうか、服!服も着せないってどういうもり、この変態っ!!」  これは何だ。自分は悪い夢でも見ているのか。私は頭を横にぶんぶんと振って、どうにか夢から覚めようとした。しかし、首が痛くなっただけでなんの成果も見られない。目の前には相変わらず、こちらを見て何かを喋っている猫の姿があるばかり。目が覚めるどころか、直前の自分の記憶さえ思い出すことは叶わなかった。 「にゃ、にゃ?」 「なーう、なうなうなう、なう」 「にゃーう!にゃーにゃ、にゃっにゃ」  しかも何が腹立たしいって、猫どもの話している言葉が自分には一ミリもわからないということ。恐らく、自分の言葉も猫達には伝わっていないのだろう。態度がまるで、“何で怒っているのかわからない”とでも言わんばかりだからだ。  やがて、シマシマ猫のほうが奥へと引っ込んでいった。私が柵ごしに覗き込むと、どうやら猫たちは人間のように二足歩行しているということらしい。私は裸にひんむいたくせに、奴等のほうがきちんと服を着ているのはどういう了見か。しかも、檻の向こうには大きなテーブルらしきものがある。リビング、さらにその奥にはキッチンらしきスペースまで。  まさか、と私はぞっとさせられた。  人間と猫の生活が、入れ替わっている?私はまるで猫のように、檻に入れられてこいつらに飼われているのか、と。 「にゃーにゃ!」  やがて茶色のシマシマ猫は檻の上部を開けると、ペット用の皿に入った茶色でカサカサのクッキーのようなものを差し入れてきた。妙に生臭い臭いがするそれが、ペット用の餌だと気づくまで数秒。完全に私は、彼らの愛玩動物扱いされている。 「ちょっと、何よこれ!?まさかこんなの食えって言うんじゃないでしょうね!?人間様を馬鹿にしてるの!?」 「にゃー」 「にゃーじゃないわよ、言葉も話せない下等生物のくせに!!」  私がいくら喚いても、猫にはまったく通じない。そうこうしているうちに、再び檻の蓋はしめられて私は閉じ込められてしまった。一応、水が飲めるタンクのようなものは檻にくっついているらしく、そこから伸びた銀色のチューブを吸えば水を飲むことはできるらしい。しかし、餌はあんなカサカサのペットフードのみ。服はないし、ついでにこの場所にはトイレもない。  まさか、本当にペットのようにあの砂の入った四角い箱の中で、奴等に見られながら用を足せというのか。冗談ではなかった。 「だ、出しなさい!ここから出しなさいよ、ねえっ!」  私は叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。しかし、いくら柵にしがみついて喚いても、猫達に届く気配はまったくない。  私は目の前が真っ暗になるのを感じていた。一体全体、どうしてこんなことになってしまったのだろう。
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