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Episode7…領都・ルードとアドミル・マイヤー辺境伯邸
バロッソの村から川に沿って南下すると、その先にアドミル・マイヤー辺境伯が治める領都ルードが見える、王都や帝都の様に超巨大と言う訳ではなく地方領主が治める地方都市と言う感じだが、この都には様々な物が陸から海からと流れ着く河口付近の都である。
道程は至極順調に進み、日が暮れる前には4人とも領都に入った。
街の造りは平坦な場所やなだらかな坂になっていて、坂の頂上でもある一番高い場所に領都ルードを管理するアドミル・マイヤー辺境伯邸がある、その辺境伯邸を囲うなだらかな坂には屋敷に務める使用人達が住う家や辺境伯家私設銃士隊の詰所、王都から派遣された国防騎士団の駐屯所が建ち並ぶ、その坂を下り終わった平坦な場所は東西南北を水路が流れる庶民街が広がる、水路には幾つかの幅広い橋が架けられていて人々の往来もし易く整備され、庶民はその橋を通って様々な場所に赴く事が出来る様になっている。
大まかな領都ルードの全体マップでは先ず南側に港があって、そこには水揚げされた海産物の売買をする市場始め貨物船によって運ばれて来た様々な地域の食材や調味料等も販売する商人達の競い合う雑貨市場も軒を連ねている、次に西門を出た先には農業地や畜産地があり領都の食を養っている、そして東門付近には一般的な道具や銃士隊及び国防騎士団の使用する武具の加工等をする職人達の集う職人街、そしてアリス達が入場した北側の門の側には聖教教会領都支部がある。
街だけでも十分過ぎる生活が可能に見えるのだが、実際の所では人口増加が顕著な為、都だけでは補い切れない現実もそこにある、だからこそ船による貨物船の運用にも力を入れていた。
余談だがこの辺境伯領から西の農業地を抜けサイロン山を越えた先にはアリス達も生活している国、アレクサンドロ・タイクーン国国王のアレクサンドロ・タイクーン陛下のお膝下でもある王都アレクサンドリアがある、その王都に行くには山越えをする必要があり、計算すると王都迄の道程は5日以上は掛かる距離なので山を隔てたこのアドミル・マイヤー辺境伯領は南側国境付近の要の場所。
領都の南側、港から南門を抜けた先のダンガロンの砦は隣国キノアス帝国に属するロベルト・ルギアス辺境伯領の北の砦バンダムとハルバラン大平原を挟んで対峙する場所、帝国側が万が一このアレクサンドロ・タイクーン国に攻め入った場合は真っ先にこの辺境伯領が標的となるので、この南の砦ダンガロンに一番多くの兵力(国防騎士団と私設銃士隊の混成部隊)が充てがわれていてるので、ミラやバレット、オルガの所属する私設銃士隊第三師団も交代でこの砦に詰める事も仕事となっている、その3名がアリスを迎えに来たのは丁度、第一師団との勤務交代が行われ治安維持任務に戻った際、手隙になった3名だったからだ。
「……じゃあ、兄様達は偶々手が空いたから私の迎えに来たんですか?」
「そうそう…んで、副師団長のミラさんと先輩のバレットさんが非番だったから付き合って貰ったと言う訳さ」
副師団長のミラとバレットが手続きをしている間、馬車の窓越しにオルガとアリスはそんな話しをしていて、アリスは成る程、もし3人が砦勤務になって居たら違う人が私を迎えに来たのか…と理解する、やがて手続きを終えて二人が戻るとミラはアリスに話す。
「これより先は馬車での走行が禁止されているの、だから歩いて辺境伯邸に向かうわ…良い?」
「行けるか?アリス」
「兄様、寧ろそうしたいです…何だかお尻が痛い」
アリスがお尻を摩る様な仕草を見せるとオルガはクスクスと含み笑いをしながら確かにと頷く。
「まぁ、道悪な部分が多かったからな、じゃあほら、アリス…手を出して」
そう諭してからオルガが手綱を引く牽引台から下車すると扉を開けてアリスに手を差し出した、こういったさり気ない行動はこの国では良くある事、オルガにしては普通の事だ、この国では女性を優遇する部分も多く、特にこの領都ではそれが頻繁に見受けられる、とは言え同じ女性でもミラの様に銃士では無いアリスの様な女性にはさり気なく手を差し伸べて降車の際『男子たる者、か弱き女性に手を差し伸べて然るべき』と言われてきたからであり、オルガも最近随分と身に付いた様である。
オルガのそんな不慣れな所を、アリスは折角だからと手を借りて馬車を降車する。
降りて見渡した領都は里の町とは全く違う都会の空気を感じさせ、何よりアラッソの町よりも活気に満ち溢れていた、無論アラッソの町も活気はあったが、都心の活気は里の町とは違い明らかに異質な物だ、良く良く見てみると住宅街ではある物のあちらこちらに見える食材の販売店は何処も人々が集まり人口密度も相まって可成りの熱気に満ち溢れている、正にアラッソとは似付かわない場所だとアリスは圧倒されつつも実感した。
「活気に満ち溢れていますね…兄様」
「だろう?…俺もホワイトガーデンからここに初めて来た時はアリスと同じ感想で都の雰囲気に圧倒されたよ…何せそれ迄はのんびりとした時間軸にいたからね」
「確かに…あ!雑貨屋」
アリスは思わず煌びやかな小物が視界に入って立ち止まりそうになったが、ミラが鋭く
「先ずは領主様の依頼が先です、アリスちゃん」
……と、制されて肩を落とした。
一方…。
辺境伯邸、リズベットの部屋では、アドミル・マイヤー辺境伯夫人のリアナ・マイヤー妃が娘のリズベット・マイヤーの手を握って苦しそうにしている姿に声を掛けていた。
「しっかりしなさいリズ…もうすぐ要人が到着致しますからね」
それは正しく娘を気遣う母親の顔。
その頃、来客用の広間では門兵から要人到着の知らせを聞いた領主のアドミル・マイヤー辺境伯と息子のアーネスト・マイヤー殿下が、ミラ達の到着を今か今かと待ち望んでいた、知らせが耳に入って暫くすると、そこに警備兵が姿を現し、次いでミラ副師団長とバレットが並立して入りその後に間を置かずオルガ、アリスが入場して来た。
「ミラ!良くぞ帰った、後ろの者が例の…」
「はい、ご依頼により参上致しましたアリス・マリアベルで御座います、閣下!」
「そうであったか…それでアリスに聞きたい」
相当に焦っているのか、礼節を吹っ飛ばしてアリスの方に視線を送ると、アリスはそれに反応して顔を上げ
「何で御座いましょうか辺境伯様」
「うむ、其方は薬師…なのか?」
「はい…私は薬師です、ただ、まだ未成年である為公式ではなく非公式になりますが」
「幾つなのか?」
「12歳です」
「なんと!それは真か?」
「はい、ですから辺境伯様のご依頼された件、わたくしでは叶え得るかは保証が出来ません、予めそちらの事をお見知り置き下さいませ」
「うむ…然し、其方の噂たるや可成りの物だぞ、特にサーウッド医師やサンザ薬師…あの辺りの者はこぞって其方を高評価していたが…」
「不躾ながら辺境伯様、噂と実力は必ずしも符号するとは限りません…ですが、依頼を受けた以上わたくしは最善を尽くす所存であると申し上げておきます」
「そうか…それでは早速すまぬが息子のアーネストと共に娘の部屋へ頼みたい、案内は息子がするのでな、ミラ副師団長、バレット、オルガは残れ、例の件の見解を聞いて置きたいのでな」
「「「承知致しました!」」」
「うむ、ではアーネスト…要人を案内せよ」
「畏まりました…父上、さっアリスこっちだ、ついて来てくれ」
「はい!失礼致します」
アーネストが部屋を出るタイミングに合わせ、アリスは辺境伯に一礼してその後を追って部屋を出て行く、広間ではそんなアリスを見送った辺境伯が其れ迄の威厳がまるで無かったかの様に姿勢を崩して話す。
「あの子は本当に12歳なのか?ミラよ」
「正直、解りかねております」
「どう言う意味だ?」
「余りに彼女が規格外な人間だからです、見た目だけでは判断し辛いですが、やけに大人びた身体をしていますし、暁の稀人と言う噂話もあって、可成り判断に苦慮しているので」
「暁の稀人…な、確かオルガの故郷では3年程前から姿が見えないと言う話だった様だが…」
「自分はその噂話を良く解らないのです、一度もその様な人物に会った事がありませんので」
「然し、オルガよ…暁の稀人がどう言う人物なのかと言う点はあの酒場で話していた老人等から聞いたりしていなかったのか?」
「自分が聞いた事があるのはその暁の稀人は恐ろしく強く、剣術も体術も魔法や錬成の類を全て使いこなせるパーフェクトガール…少女の様な容姿であると…特徴は白銀色の長髪に赤い瞳で身に纏う衣装はまるで聖職者が着る様な法衣みたいな物であったと伺っています」
「ふーむ…存在を確認出来ていない今、気になるな…お主達3名は引き続き暁の稀人の情報を集める様に…急ぐ必要はない暁の稀人は我々に害意を向ける存在ではないのであろう?」
「はい、寧ろ、我々の目の届かぬ位置で住民を守っていた様だと聞いています」
「ならば、その人物は良識人と言う事、会えるなら一度は会って礼をしたいと言う私の希望だな」
「成る程…畏まりました、承知致します」
「うむ、先ずはゆっくり休め」
「「「はっ!!」」」
これを持って一度解散となる、3人はアリスの様子を気にしながらも屋敷を後にした。
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